地元・新潟の地で生まれ育ち、時代劇から恋愛ドラマ、刑事モノまで幅広いジャンルで活躍してきた名優、渡辺徹さん。その長男であり、同じく俳優としての道を歩む渡辺裕太さんが、父の命日にあたる2024年11月28日を前に、父への想いをしみじみと語りました。
「父のようになりたくて、でもなれなくて。今だからこそ、大切にしたい言葉があるんです。」
このように口を開いた渡辺裕太さん(34)は、俳優・司会業・舞台演出など多岐にわたる活動を展開しており、その柔らかな雰囲気や骨太な演技力が世代を問わず支持を集めている存在です。しかし、彼のキャリアの裏には、偉大な父の背中と、それに追い付こうともがく彼自身の苦しみと成長の軌跡が息づいています。
◇ 圧倒的な存在だった父・渡辺徹
渡辺徹さんといえば、1980年代から90年代にかけて空前の人気を博したスター俳優。特に大ヒットドラマ『太陽にほえろ!』での新人刑事“ラガー”役で一躍トップスターの仲間入りを果たし、その後は『風のハルカ』『池中玄太80キロ』『おしん』など多くのテレビドラマや映画、舞台で活躍しました。明るく親しみやすいキャラクターと圧倒的な存在感で、家族ドラマやバラエティ番組にも多数出演し、全国民にその名を知られる存在となりました。
また、妻は女優の榊原郁恵さん。おしどり夫婦としても知られ、芸能界でも理想の家庭像の象徴のような夫婦でもありました。
2022年11月28日、敗血症によって惜しまれながら渡辺徹さんは亡くなられました。享年61、あまりにも早い旅立ちでした。
◇ 父の言葉が今も息づく
「父はいつも、誰に対しても“ありがとう”と言える人でした」
渡辺裕太さんは、インタビューの中で、父・徹さんの人柄をそう振り返りました。どれだけ忙しい現場でも必ずスタッフに感謝の言葉を伝え、照れ屋ながらも“ありがとう”を惜しまない姿勢。その姿を幼い頃から見ていた裕太さんは、俳優という職業の本質を「人との出会いと感謝」と捉えるようになったといいます。
「役者って、単に芝居がうまいとか台詞が言えるとかじゃない。人としての魅力がないと、人の心を打てない。父を見ていて、ずっとそれを感じていました」
その影響は、彼の演技にも確実に表れています。渡辺裕太さんは、2009年に玉川大学芸術学部パフォーミング・アーツ学科を卒業後、舞台を中心にそのキャリアをスタート。癖のある役どころから、胸に響く人間ドラマまで、どんな役柄にも真摯に向き合う姿勢が評価され、NHKの朝ドラ『エール』『おかえりモネ』への出演や、映画『Fukushima 50』などに起用されました。また近年では、情報番組の司会・リポーターや、舞台の演出・脚本を手掛けるなど、マルチに才能を発揮しています。
◇ 父を超えるのではなく、父から生き方を学ぶ
「父の死を乗り越えられたわけではない。けれど、自分が何を受け継ぎ、どう生きるかを考えるようになったのは確かです」
渡辺裕太さんは、父の偉大さに押しつぶされそうになった時期があったと正直に語っています。若手俳優として道を歩み始めたとき、“二世タレント”というレッテルはいつもつきまとい、上手くいかない時期も長かったといいます。
「“お父さんの息子だから”って熱い視線で見られるけど、僕がやってるのは僕の芝居なんだ。ずっと、そう叫びたい時期があった」
しかし、年齢を重ね、多くの経験を積んだことによって、その心境に変化がありました。
「父は、芝居がうまいからすごかったんじゃない。一人の人間として信頼され、愛されていたから今も多くの人の中にいる。僕も、演技力を磨くのはもちろん、人としてどうあるかを大切にしたい」
そう話す裕太さんの目には、決意と穏やかな自信が宿っていました。
◇ 命日に向けて、支えてくれる人たちと共に
2022年の冬に他界した徹さん。渡辺裕太さんは、命日となる11月28日が近づくにつれて、ふと思い出すことが増えるといいます。
「父が亡くなってから、毎年命日には家族で食事をして、父の好きだった料理を囲むんです。多くを語らなくても、こうして気持ちを共有できるのって、幸せなことだなって思います」
また、直接父と会ったことのない若い俳優仲間たちから、渡辺徹さんの出演作やエピソードを聞いて「自分の父が誰かの心に残っていることが、すごくうれしい」と微笑みました。
現在、渡辺裕太さんは、舞台『誰がために鐘は鳴る』の主演として稽古に励む一方、テレビ番組の出演や地域イベントへの参加など、多忙を極めています。「地方に行って、父の話をすると『徹さん、好きだったよ』って笑顔で言ってくれる人が必ずいる。あれは本当に救いなんです」と感謝を込めます。
◇ 路の途中で、共に歩む希望
偉大な父の名を背負うということは、時に重荷で、時に励みでもある。渡辺裕太さんは、俳優として、1人の人間として、その重さに愛情と感謝で向き合い、今まさに新たな歩みを始めています。
「父がいつか台詞で言っていた『人生は旅だ。迷っても、立ち止まっても、それもまた旅の一部』。その言葉が、今の自分を導いてくれている気がします」
人生の旅路の途中、家族という最も身近な存在から学び、生きる力へと変えていく渡辺裕太さん。その姿は、多くの人にとって“受け継ぐこと”の意味を考えさせてくれる、希望そのもののように見えます。