2024年、我が国の医療機関はかつてない危機に直面しています。帝国データバンクが発表した最新の統計によると、2024年上半期(1~6月)の医療機関の倒産件数は過去最多を上回るペースで増加しており、医療現場の経営状況が深刻さを増していることが浮き彫りとなりました。この記事では、なぜ今、医療機関の倒産が相次いでいるのか、その背景と影響について紐解き、今後の医療体制の在り方について一緒に考えていきます。
■ 増加する医療機関の倒産:その現状とは
帝国データバンクによると、2024年上半期の医療機関の倒産件数は既に2023年通年の数値とほぼ並んでおり、特に診療所(いわゆるクリニック)の倒産が顕著になっています。診療所は地域住民にとってもっとも身近な医療提供施設であり、慢性疾患の治療や健康相談、予防医療など日常的な医療サービスを担っています。その小規模な診療所が経営困難に追い込まれているという事実は、地域医療の持続可能性に疑問符を投げかけるものです。
倒産件数は2023年時点でもすでに高水準にありましたが、2024年に入ってからはそれを上回る勢いで増加。とりわけ新型コロナウイルスの影響が下火になった後の「コロナ後」にもかかわらず、状況が改善しないどころか、より厳しさを増している点が注目されています。
■ コロナ禍による一時的支援とその「反動」
2020年から続いた新型コロナウイルス感染症の拡大により、多くの医療機関が一時的に診療制限や外来制限を余儀なくされました。患者数の減少や感染リスクの高まりにより、売上げは落ち込み、同時に感染症対応のための経費や人員も必要となりました。
政府や自治体はこうした状況を踏まえて、補助金や給付金といった支援策を講じてきました。しかし、こうした特例的な支援も2022年以降、徐々に縮小されており、経済活動が再開するにつれて医療機関自身の経営力が再び試されることになりました。
コロナ禍における支援によって“延命”されていた医療機関が、支援の縮小とともに一気に経営不全に追い込まれるという“支援ロス”のような事態が顕在化したとも言えるでしょう。
■ 原材料価格や人件費の高騰
2022年以降、世界的なインフレや円安を受けて、医薬品や医療機器、エネルギーコストなどほぼすべてのコストが上昇傾向にあります。これに加え、深刻な人手不足も医療機関の経営を圧迫しています。
看護師や医療技術者をはじめとする医療従事者の労働環境は長年に渡って課題とされてきましたが、コロナ禍における過重労働の実態が社会的にも注目され、より一層の待遇改善が求められています。しかし、人件費の上昇を価格転嫁することが難しい医療現場においては、それがそのまま経営負担となり、赤字経営を招く一因となっているのです。
また、医薬品の供給問題、いわゆる「医薬品不足」も診療の継続を難しくする要因のひとつです。薬が確保できなければ適切な治療を行うこともできず、患者離れに拍車をかける結果となります。
■ 地域医療の空洞化が加速する恐れ
地方を中心に、もともと診療所や病院の数が限られている地域では、1件の医療機関の閉鎖が住民の健康や命に直結する影響を与える可能性があります。高齢化が進む地域では、定期的にかかりつけ医の診療を受けている高齢者も多く、医療アクセスの悪化は生活の質を大きく損なうことになります。
とりわけ、内科や整形外科、小児科など、高齢者や子どもを主な患者とする診療科目の縮小や閉鎖は、住民にとって大きな不安要素です。後継者難や、人材確保の困難さも地方の医療機関に重くのしかかっています。
医療機関の倒産増加は単なる「事業経営の失敗」ではなく、地域社会全体に波及する重大な問題であることを認識しなければなりません。
■ 必要なしなやかな制度改革
このような状況を受け、政府や行政機関は医療制度の見直しに取り組む必要性を迫られています。たとえば、診療報酬のあり方や医療従事者への支援策、医療機関の連携強化による効率的運営など、医療現場の負担を軽減し、長期的に持続可能な仕組みを構築することが求められています。
また、若手医師のキャリア支援や働き方改革、地域医療を担う人材の育成・確保にも力を入れる必要があります。特に女性医師や育児中の医療従事者が活躍しやすい職場環境の整備は急務です。フレキシブルな勤務体制やICTの活用など、「働きやすく、辞めにくい」医療現場づくりが望まれます。
さらには、患者側の意識改革も重要です。適切な医療の受診や予防の徹底、セルフメディケーション(自己健康管理)の普及などを通して、医療資源を効率的に使っていく知恵と工夫も求められる時代に入っています。
■ 医療は誰にとっても「自分ごと」
医療機関の倒産という問題は、医療業界に限定された課題ではありません。誰もがいつか医療の世話になる存在であり、病気やけが、出産や介護といったライフイベントにおいて、質の高い医療サービスを受けられるかどうかは「人生の質」に直結します。
今、医療現場が直面している課題を知り、その背景を理解した上で、社会全体として医療を支える気運を高めることが重要です。税金を使った支援のあり方や、私たち一人ひとりができる健康管理、地域医療への理解と協力が、将来的な医療体制の安定化につながっていくはずです。
大切なのは、「医療機関が倒産しても仕方がない」と見過ごすのではなく、「どうすれば支えられるのか」を多くの人が一緒に考えていく姿勢です。これからの時代、自分たちの健康と生活を守るために、医療を「自分ごと」として捉える視点がいっそう重要になっていくでしょう。
今後、経済状況の改善や制度の見直しがスピード感を持って進められることを願いつつ、一人ひとりが関心を持ち続け、共に支える意識を持つことが、この厳しい時代を乗り越えるためのカギとなるのではないでしょうか。