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渋谷の「竪穴式住居」解体へ──街の隅に佇んだ異世界建築が遺した記憶

東京都渋谷区、都会の真っただ中にひっそりとたたずむ、ユニークな建物をご存知でしょうか。外観はまるで原始時代の竪穴式住居――このようなスタイルを現代建築に落とし込んだ異色のビルが、いよいよ解体されることになりました。2024年4月、ニュースサイトにおいて「渋谷の竪穴式住居」として親しまれてきたこの建築が、老朽化などの理由によりその歴史を閉じます。

今回はこの話題のビルについて、その由来や背景、都市景観への影響、そして解体に至る流れをふまえて詳しくご紹介します。この建物を知らなかった方にも、都市における建築の多様性や時代の移り変わりを考えるきっかけとして、ぜひ最後までお読みいただければと思います。

渋谷の“フォトスポット”になった不思議な建築

東京・渋谷といえば、ファッション、音楽、カルチャーの発信地であり、進化しつづける街として知られています。スクランブル交差点や高層ビル群、再開発が進む渋谷駅周辺など、その風景は近代的で洗練されています。

一方で、この渋谷の中心部から少し外れた神泉町に、“現代の竪穴式住居”と呼ばれた異色の建物がひっそりと存在していたのです。まるで縄文時代にタイムスリップしたかのようなそのビジュアルは、通行人や観光客の注目を集め、SNSなどでも「謎の竪穴住居ビル」「渋谷の異世界スポット」として度々話題となっていました。

建物は2階建ての木造風建築で、屋根は茅ぶきのような茶色い斜面、壁面は土壁を思わせるような装飾が施され、まさに縄文時代の住居を彷彿とさせるデザインでした。実際に竪穴を掘っているわけではなく地上に建っていますが、そのユニークな外観は多くの人々の記憶に残るものとなっています。

もともとの建築目的と変遷

この建物は、1990年代に“自然回帰”をテーマにしたレストラン「じねんじょ庵 渋谷店」としてオープンしました。大都会の真ん中で、自然のぬくもりを感じる空間を目指してデザイン・建築されたもので、店内も木材の温もりを活かした内装で構成されていました。竪穴式住居そのものを再現したというよりは、「人と自然との共生」を象徴する空間として設計されていたのです。

オーガニック志向のメニューや健康がテーマの料理を提供する飲食店として、多くの固定ファンを持ち、ジャンクフードが並ぶ繁華街の中で、異彩を放つ存在となっていました。

その後、店舗の運営状況や所有者の変遷を経て、ビルはしばらく空き家状態になりましたが、ユニークな外観そのものが話題となり、建築ファンや写真家、建築学生などが訪れる“隠れた名所”として、じわじわと人気を得ていたのです。

解体が決定された理由と時代の流れ

今回、この「渋谷の竪穴式住居」が解体される理由としては、建物の老朽化、安全性に関する問題、そして土地の有効活用といった観点が挙げられます。現地を所有する不動産会社によれば、長らく未使用だったことや、建築物の耐震性、省エネ性能基準の未達などが問題となり、このたび解体に踏み切る決断をしたとのことです。

また、渋谷エリア自体が再開発の波のなかにあります。駅周辺では大規模なビル建設が進み、IT企業やスタートアップのオフィスが集まる「ビジネス街」としても再構築が進められています。今回の解体も、その大きな流れの一部と考えることができるでしょう。

建築物は単なるモノではなく、社会や人々の価値観を反映する“時代の鏡”です。それがどれほどユニークで個性的だったとしても、使用目的を失ったとき、あるいは時代の要請と合わなくなったときには、その形を変える必要が生じます。

都市における「記憶」の行方

このような異色の建物が姿を消すとき、人々の間にはさまざまな感情が湧き上がります。一方では、「風景が整って良くなる」「新しい価値を生み出せる」という前向きな声。一方で、「なじみの風景がなくなるのは寂しい」「もっと活用方法があったのでは」といった惜しむ声も聞かれます。

記憶に残る建築というのは、必ずしも有名建築家が手がけたものである必要はありません。むしろこうした、市井の人々が日々見上げたり、通りすがったりするなかで心に残っていく風景こそが、都市の“記憶”とも言えるのではないでしょうか。

たとえば、多くの人々がSNSにアップしたこのビルの写真は、2020年代の渋谷という街の1つの景観を彩る重要なピースでした。そうした記録が残り続けることで、建物が取り壊されてもその存在は記憶の中に生き続けるのです。

同じように、これからも都市の中で数々の個性的な建物、象徴的な風景が生まれ、そして姿を変えていくことでしょう。そのなかで私たちは、ただ消えゆくことを悲しむだけでなく、「今ある風景を慈しむ視点」を持つことの大切さを改めて感じます。

都市の中で生きる私たちができること

歴史的建造物やユニークな建築を未来にどう残すか――これは多くの都市が直面している課題です。もちろん、すべてを保存することは現実的ではありません。しかし、その意義を共有し、記録し、語り継ぐことは、私たち市民一人ひとりができる貴重な行動です。

今回の解体を受けて、現地周辺でさよならイベントが行われるという話もあるようです。建築ファンや地域住民、旅行者が集まり、最後の姿を見届ける予定とのこと。こうしたセレモニーは、記憶の区切りをつける意味でも非常に重要だと感じます。

建物はただの“建築物”にとどまらず、暮らしや文化、そして時代を映し出す大切な存在です。「渋谷の竪穴式住居」というユニークな建物が残したもの――それは、人々の記憶のなかの“景色”として、これからも生きていくのではないでしょうか。

まとめ

「渋谷の竪穴式住居」という特異な存在が都市の中で果たしてきた役割は、単なる飲食店や建築物の枠を超え、多くの人に「都市における風景の多様性」や「時代とともに変わる街の姿」を考える機会を提供してくれたように思います。

解体は寂しいことですが、新たな未来へ向けた一歩でもあります。今はただ、この珍しい建物と、それを愛した人々の記憶に、静かに敬意を表したいと思います。