「善意もつらかった 過酷な不妊治療」
近年、不妊治療に取り組む夫婦が増加している中、その過程で抱える心身の負担や社会との関係に苦しむ声が多く聞かれています。「不妊治療」という言葉には、医療の進歩とともに希望の光もある一方で、治療を受ける人たちの心情や環境には深く目を向ける必要があります。今回は、ある夫婦の体験談を通じて、「不妊治療」の過酷さと、それに伴う周囲の善意が時に重荷となる複雑な現実を紹介します。
■不妊治療という選択
不妊治療を通じて子どもを持とうと決意することは、簡単なことではありません。時間、体力、精神力、そして金銭的な負担と、多くのものを要するからです。特に女性にとっては、体外受精、排卵誘発剤の使用、ホルモン治療など、身体的・精神的なハードルが高く、日常生活にも支障をきたすほどの体調の変動が起こることがあります。
一方で、男性にかかるプレッシャーも無視できません。治療の過程で「夫として何ができるのか」「自分の身体に問題はないのか」といった葛藤に直面し、お互いを思いやる気持ちが強いからこそ、言葉にできない不安が心を覆うこともあるのです。
■善意のプレッシャー
今回注目された夫婦も、不妊治療の過程で多くの善意に触れました。親族や友人たちは「子どもはまだ?」「頑張ってね」「うちは○○で効果があったよ」といった言葉をかけてくれました。そこには悪意など微塵もなく、純粋な応援の気持ちが込められていたのは間違いありません。
しかし、当事者にとってその善意が時に「重荷」になってしまうのが現実です。「まだ授からないのは自分のせいだろうか」「周囲の期待に応えられなかったらどうしよう」といった、責任感と自己否定の感情が生まれてしまうのです。相談すれば励ましが返ってくる。でもその励ましが、かえって「早く結果を出さなければならない」と焦りを助長させてしまうことがあるのです。
特にお正月やお盆など、家族が集まる場面では、その会話が避けられないものとなります。「赤ちゃんの話」は楽観的な話題に思われがちですが、不妊治療中のカップルにとっては「できない理由」「伝えられない事情」を心に秘めながら対応しなければならない時間となるのです。
■経済的な負担と制度の壁
不妊治療が抱えるもう一つの大きな課題が、経済的負担です。体外受精1回にかかる費用は数十万円に達することも多く、繰り返すことでその金額はさらに膨らみます。ある夫婦は、治療のために貯金をほぼ使い果たしたと語っています。
近年、保険適用が一部進んでいるとはいえ、必要な薬や治療が保険外であるケースもあり、全体的な自己負担は依然として大きいのが現実です。また、治療のための通院や処置が平日の昼間に集中することも多く、柔軟な労働環境が整っていなければ仕事との両立も難しくなります。
■孤独との戦い
一番つらいのは、こうした経験の中で感じる「孤独感」だとも言われています。不妊治療は「当たり前にできるはず」と思っていることが思うように進まない経験であり、それが続くことで「私は何かがおかしいのではないか」と自己否定に繋がりやすくなります。
また、日本社会には「妊娠・出産は自然な流れで訪れるもの」という考えがまだ根強く残っており、不妊治療をしていること自体を話しづらいという空気があります。そのため、当事者同士以外には悩みを打ち明けることが難しくなり、相談できる相手が限られてしまうのです。
夫婦の間でも、相手を気遣うがゆえに思いや悩みを言えずに溜め込んでしまうケースもあります。そんなとき、少しの言葉や態度に傷つくことがあるといいます。まさに「わかってほしい、けどどう伝えたらいいかわからない」ジレンマに苦しむのが、不妊治療という時間の本質とも言えるのかもしれません。
■前に進むために
不妊治療への社会的な理解が少しずつ進んできているのは確かです。SNSやブログ、メディアでの体験談の共有が広がり、治療に向き合う人同士がつながる場も増えてきました。また、企業における休暇制度の整備や、自治体による支援金制度の拡充なども始まっています。
それでも、まだまだ個人の感情や現実の苦しさには十分に寄り添いきれていない面もあります。「善意」が押しつけにならないように、周囲がそっと寄り添い、聴く姿勢を持つことが大切です。「子どもはまだ?」と聞くのではなく、「最近体調どう?」「何か困ってることはある?」と、別の切り口で関わることで、当事者の気持ちを尊重できます。
当事者にとっても、自分が苦しいと思った時こそ、自分の心を大切にすること、無理せず助けを求めること、そして治療を続けるか否かも自分たちの自由であると認識することが重要です。誰かと比較するのではなく、自分たちのペースで歩む道を選んでもらえたらと願います。
■おわりに
「善意もつらかった」とはいえ、それは心からの思いやりであることを知っているからこそ、複雑な感情が芽生えるのです。不妊治療の道を歩むすべての人が、自分を責めることなく、周囲と共に少しでも前向きに歩める社会であってほしいと切に願います。
生きること、家族を築こうとすること、それぞれの形が尊重されるように。私たち一人ひとりが、目の前の誰かの言葉や表情に心を傾け、寄り添っていくことが、より豊かな社会を作る第一歩なのかもしれません。