※この記事は社会問題に関わる内容を含みますが、報道された事実に基づき、中立的かつ多くの方々へ広く考えていただくことを目的として執筆されています。
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【過酷売春させた罪 被告が正当化――人身売買の現実と私たちが考えるべきこと】
2024年6月上旬、横浜地裁で行われた裁判において、被告の男が「女性たちには稼げる手段を与えただけ」と自身の行為を正当化する供述を行った事件が注目を集めています。男性被告は、中国人女性たちを来日させ、売春行為を強要した人身売買の容疑で逮捕・起訴されており、その手口の過酷さと、被害女性たちが受けた精神的・肉体的な苦痛の深刻さから、社会に衝撃が広がっています。
本記事では、この事件の概要を振り返るとともに、現代社会に深く潜む人身取引や労働搾取の問題について考察し、私たちはどのような意識を持ってこの現実に向き合うべきかを共に考えていきます。
■ 事件の概要:強制的な「仕事」としての売春
検察によれば、被告の男は中国から来日した複数の女性に対し、パスポートを取り上げ、事実上の自由を奪った状態で関東各地の風俗店などで売春行為をさせていました。女性たちは、多額の借金や偽情報によって来日させられており、働かなければ返済ができないという心理状態に追い込まれていたとされます。
被告は法廷で、「女性たちもお金が必要だった」「手段として売春を選んだ」と述べ、自身に責任はないとする主張を繰り返しました。このような供述は、被害女性たちの置かれた状況、特に選択の自由が剥奪されていた実態を無視したものであり、傍聴席からも深いため息が漏れたと言われています。
■「自由意志」と「搾取」の境界線
本事件を通じて浮かび上がるのは、売春における「自由意志」と「搾取」の線引きの難しさです。被告は「女性たちが自ら選んだ」と主張しましたが、その背景には、来日前の情報操作、経済的困窮、身柄をコントロールされる環境など、明らかに自由な意思決定を許さない構図が存在していました。
このような構造的搾取は、人身取引における典型的な手口であり、「表面的には合法」「本人が同意しているように見える」ことで発見が遅れることが問題として知られています。法廷で明らかになった証言によれば、被害女性たちはパスポートを取り上げられ、一定の生活費を除いてほとんどの収入を取り上げられていたとのこと。これは明白な搾取行為といえるでしょう。
■国際社会が懸念する「現代の奴隷制度」
人身売買や性的搾取は、国際的にも重大な人権侵害とされています。国連によると、人身取引は「現代の奴隷制度」と位置づけられており、世界中で推定2,500万人以上が強制労働や性的搾取の被害に遭っているとされています。被害者の多くは、経済的困窮や社会的孤立などの状況下で狙われ、甘い言葉で誘われたのち、逃げ場のない状況に縛られるという共通点があります。
日本でも、外国人女性をターゲットとした人身取引の事案は過去にもたびたび報じられており、今回の事件は氷山の一角とも言われています。特に、日本語ができない、親族との連絡が困難、といった要素により、被害女性たちは助けを求める手段すら奪われていた可能性もあります。
■被害者が「声を上げられない」理由
本事件の被害女性たちはその後、保護され、支援団体のサポートを受けて証言するに至っています。しかし、同様のケースでは、恐怖や罪悪感、自責の念によって声を上げられない被害者が多数存在します。中には、自分の置かれた状況が「違法である」とすら認識していない方もいるといいます。
また、性売買に関する社会的タブーや偏見も、被害者支援の障壁となっています。「売春に関わった」という点だけを切り取り、被害者にも責任があるかのように見なされる風潮は、事態の本質を見誤る要因となりかねません。
今回の事件でも、被告が「自分の意志で金を稼いでいた」と主張する中、それを聞いた被害女性が「誰に助けを求めても信じてもらえなかった」と涙ながらに発言したと報じられており、この問題の根深さを浮き彫りにしています。
■法の整備と社会の理解が求められる
日本では2004年に「人身取引禁止等に関する行動計画」が策定されて以降、数次にわたる改定が行われています。しかし、摘発件数や被害者支援の実態をみると、まだまだ十分とはいえません。摘発されるのはごく一部に過ぎず、「グレーゾーン」にあたる多くのケースが見過ごされています。
また、取り締まりだけでなく、被害者の保護と再出発への支援、さらには予防的な啓発活動の重要性が高まっています。特に、外国人労働者や技能実習生などが直面する社会的孤立の問題とあわせて取り組む必要があるでしょう。
一方、私たち一人一人がこの問題について関心を持ち、容易に「自業自得」などと切り捨てない理解力や思いやりのある視点も求められています。もしも隣人が、あるいは自分の家族が同じような被害に遭ったとしたらどうするか――そう考えてみるだけでも、無関心ではいられないはずです。
■未来に向けて:人としての尊厳を守る社会へ
今回明るみに出た事件は、人間の尊厳を深く傷つけるものであり、被害女性たちが受けた心身の痛みは計り知れません。しかし同時に、このような事件が報じられ、公に裁かれることは、社会全体がこの問題に目を向け、改善に向けて動く契機でもあります。
人身売買や性的搾取の撲滅には、法律の強化や捜査機関の努力だけでなく、私たち一人ひとりの意識の変革が不可欠です。被害者の声に耳を傾け、「なぜそのような状況に陥ったのか」を想像する力、そして問題の構造的背景を理解しようとする姿勢が、よりよい社会につながります。
報道の中で語られた被害者の一人は、「自分の経験が、他の誰かの救いにつながれば」と述べています。悲しい出来事の先に、希望を見出すためには、まず私たちがその現実を知ることから始まります。
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強制的な搾取行為が行われたこの事件は、決して他人事ではありません。今ここに生きる私たちが、少しでも誰かの「声なき声」に気づき、支え合える社会を目指すことが、悲劇を繰り返さないための第一歩になるはずです。