日本の食卓に欠かせない「コメ」。その生産を支える農家にとって、将来にわたる米作りの見通しを立てる大きな指標のひとつが「概算金」です。しかし、全国農業協同組合連合会(JA全農)が、この「概算金」の廃止を示唆したことから、生産現場では大きな波紋が広がっています。特に主力産地である東北地方では不安や戸惑いの声も上がっており、今回はこの「コメ概算金廃止要請」について、背景・影響・今後の課題をわかりやすく解説します。
■ 概算金とは何か?
「概算金」とは、全国のJAを通じて米農家が出荷した玄米に対して支払われる前払いの金額です。これは稲刈り後すぐに収入が得られるように設けられているもので、実際にはその年の米相場や販売見込みなどを加味してJA全農が時期を見ながら仮払いとして設定します。最終的に精算金として差額が支払われる仕組みとなっており、農家にとっては「先にある程度のお金がもらえる」ことで農業資材の仕入れや生活資金への充当が可能になります。
米農家の多くが高齢化しており、規模拡大や設備投資に慎重にならざるを得ない中で、こうした資金見通しの明確さは非常に重要です。そのため、「概算金」は単なるお金の前払い以上に、農家の“心のセーフティネット”として作用してきました。
■ JA全農の方針転換と背景
そんな中、JA全農は2024年度産の米から価格決定の透明性向上や市場原理を反映させることを目的に、コメについての「概算金」制度の見直し・廃止を求める姿勢を明らかにしました。理由の一つとしては、需要と供給のバランスが崩れ、米価が年々低迷していることが挙げられます。
特にコロナ禍以降は、外食需要の減少や学校給食の縮小等によってコメの在庫が増加傾向にあり、価格安定が難しくなっています。そのため、JA全農としては、生産者にも市場価格の変動リスクを共有してもらうことで、より柔軟かつ持続可能な生産体制への転換を期待しているとされています。
■ 生産現場の不安と懸念
ところが、この「概算金の見直し・廃止」について、現場の農家からは「突然すぎる」「生活の目処が立たなくなる」といった切実な声が相次いでいます。東北地方を中心に、米づくりを家業として継続している農家にとって、概算金は経営の柱のひとつ。これが支払われないとなれば、営農計画の立案自体が難しくなってしまいます。
また、「米価の変動リスクを農家だけに背負わせるのか」といった意見や、「せめて段階的な変更を」「説明不足が否めない」など、全農の進め方に課題を指摘する声もあります。JAが本来、生産者と消費者の橋渡しとしての役割を果たすべきである中で、一方的な制度改変に現場がついていけていないという図式が浮かび上がります。
■ なぜ今、制度改変なのか
全農がこのタイミングで制度改正を進める背景には、日本の米作りを取り巻く構造的な課題もあります。食生活の多様化、高齢化による農業人口の減少、後継者不足、耕作放棄地の増加など、取り巻く環境は年々厳しさを増しています。加えて、国際的な動向や貿易協定の影響もあり、国内の農業、特に米作に対する規制や保護措置は以前より縮小傾向にあります。
こうした中で、「旧来の制度に依存していては持続可能な農業の維持は難しい」とする危機感が、JA全農の改革の背景にあることも否めません。その意図自体は理解できるものではありますが、「誰のための改革なのか」という点で、現場との対話が十分にできていないことが、今回の混乱につながっています。
■ 今後求められる対応とは?
農業という産業は、天候に左右されやすく、かつ投入した労力やコストが必ずしも報われるとは限りません。だからこそ、経済的な支柱としての「概算金」制度の重みは非常に大きいのです。
今回のように、制度を見直す際には、少なくとも以下のような配慮が求められるでしょう。
1. 段階的な導入
既存の制度を急に廃止するのではなく、数年をかけて徐々に新制度に移行することで、農家の混乱や経済的リスクを抑えることができます。
2. 充分な説明と情報開示
なぜ見直すのか、どう変わるのか、それによって生まれるメリットと課題は何かを、丁寧に説明することが求められます。JAと農家との信頼関係は、このような情報共有と対話によって築かれるものです。
3. 支援策の充実
廃止によるリスクを最小限に抑えるための金融支援や制度支援の検討も欠かせません。その上で、より安定した農業経営の支援を考える必要があります。
■ 私たちができること
私たち消費者は、毎日の食卓で何気なくお米を食べていますが、その一粒ひとつぶは、生産者が気候や病害と闘いながら丹精込めて育てたものです。こうした制度改変の問題は、一見すると農協や農家の話のように思われがちですが、長期的に見ると私たちの「食の安定供給」に直結しています。
将来的に安定して美味しいお米を食べ続けていくためには、持続可能な農業のあり方を社会全体で考える必要があります。その第一歩が、今回の報道のようなニュースに対し「他人ごとではない」と関心を持つことではないでしょうか。
■ まとめ
今回の「コメ概算金廃止要請」は、農業界に大きな波紋を広げています。JA全農の改革方針の背景には、日本の農業を持続可能にするための苦悩と模索がありますが、それを実現するためには、現場の生産者との丁寧な対話と配慮が不可欠です。
制度改正には痛みが伴いますが、それを最小限にし、皆が納得できるかたちを目指すのが、これからの農業政策に求められる姿勢です。私たち一人ひとりも、改めて日本の「食と農」について、考える機会にしていきたいものです。