かつてオフィス街で広く愛されていた大衆居酒屋チェーン「さくら水産」が、最盛期には全国に160店舗を展開していた姿から一変、現在ではわずか11店舗にまで縮小したというニュースが話題となっています。この記事では、なぜ「さくら水産」がここまで店舗数を大幅に減少させることになったのか、その背景と現在の状況、そしてこの事例から見える外食業界の変化について、分かりやすく解説していきます。
さくら水産とは?かつての「サラリーマンの味方」
さくら水産は、1990年代から2000年代にかけて急成長した居酒屋チェーンです。「安くてうまい海鮮系の大衆酒場」として、主に都市部のオフィス街を中心に展開しており、ランチは500円前後でご飯・味噌汁・おしんこがおかわり自由という驚きのコスパの良さで人気を集めました。一方、夜は会社員が気軽に立ち寄れる居酒屋として盛況を博していました。
いわば「サラリーマンのオアシス」とされていたさくら水産ですが、その名がメディアで聞かれなくなって久しいのも事実です。そして今、多くの人々が驚いたのが2024年時点での店舗数の激減です。なんと、最盛期の160店から、現在はわずか11店までに縮小されたとのこと。その背景には様々な要因が介在しています。
衰退の第一歩:ランチ需要の減少
さくら水産の売りのひとつであったワンコインランチは、高い支持を集めていましたが、そのモデルは時代の変化により持続が難しくなっていきました。
まず、社員食堂の拡充やコンビニの高品質・低価格の弁当、高級志向のヘルシーランチの台頭など、選択肢が増えたことで「安いだけのランチ」では集客が難しくなりました。都心では、短時間で食事を済ませたい、健康を意識したい、というニーズが増加。それに十分に対応できなかったことが、固定客の離脱につながります。
加えて、物価上昇や原材料価格の高騰により、あのボリューム満点なランチを従来の価格で提供するのは極めて厳しくなりました。価格を上げても内容が変わらなければ選ばれず、内容を減らせば魅力が半減する……まさにジレンマの中にあったのです。
居酒屋としての苦戦とコロナ禍の影響
さくら水産のもうひとつの柱である「夜の居酒屋営業」も、競合激化とともに単独では大きな強みを発揮しづらくなっていました。
2010年代に入り、全国区で展開する居酒屋チェーンが多様化。牛角や鳥貴族のように明確なコンセプトを打ち出して勢いをつけるチェーンが増加。一方、さくら水産は「安さ」はあっても、海鮮居酒屋としての独自性やメニューの魅力という面では次第に埋もれていった印象があります。
そして追い打ちをかけたのがコロナ禍です。2020年から続いた外食産業にとっての非常に厳しい時期は、特に居酒屋業態に深刻なダメージを与えました。テレワークの普及により、そもそもオフィス街に人が集まらなくなったこと、また「会社帰りに一杯」という生活パターンが激変してしまったことも影響しています。
さくら水産は立地戦略として、会社員の多い駅前やビジネス街に集中して展開していましたが、人流の変化によりその強みが裏目に出た形です。
親会社の方針転換と構造改革
現在、さくら水産を運営しているのは、「魚の新鮮さ」に定評のある大庄グループ。庄や、大庄水産などのブランドも展開しており、今後は体制を統合し、よりシンプルに効率的な店舗運営を目指す方針です。
グループ内の他ブランドが比較的好調であるのに対し、さくら水産ブランドは苦戦が続いていたため、統合・閉店によるリソース集約が選ばれたわけです。つまり、居酒屋業界全体の構造改革の流れのなかで、「量から質への転換」が起こっているとも言えます。
また、業態転換も注目されています。定食業態や高付加価値メニューへの移行、あるいは居酒屋形式を脱してデリバリー対応モデルへの転換など、飲食業界の再編はあらゆる方向で進行中です。
さくら水産の店舗減少は、そのような大きな潮流に伴う合理的判断の一つだとも受け取れます。
消費者として思うこと:懐かしさと変化の狭間で
さくら水産の縮小のニュースに、多くの人が「昔よく通っていた」「安くてお腹いっぱい食べられて助かった」と懐かしい記憶を思い出したのではないでしょうか。特に学生時代、社会人1年目で懐が寂しい時期には、さくら水産のランチは多くの人の味方でした。
けれども、時代は変わりました。人々の味覚や価値観は、ますます多様化しています。不特定多数に向けた「安さ」だけでは、今の消費者心理に応えきれない現実があります。同時に、企業としても持続可能な経営を考えたときに、「好きだったあの味を残す」だけでは立ち行かない——難しい判断を迫られるわけです。
とはいえ、今でも11店舗は営業を続けており、その支持があることも確かです。エリアが限られていても、変わらぬ味を楽しみに訪れるファンが存在することも、ブランドの力の一端です。
さくら水産のこれからに期待したいこと
今後、さくら水産がブランドとしてどうなるかは不透明です。ただ、外食チェーンが進化するためには、「今後のサラリーマンにとっての価値とは何か」「今の若者にとって提供すべきサービスとは何か」を再定義する必要があります。
もしかすると、全く新たなブランドとして生まれ変わる日が来るかもしれません。そして、あの“ご飯・味噌汁おかわり自由”のような、心温まるサービスが今風にアレンジされて、再び私たちの前に姿を現すことを願ってやみません。
最後に、外食産業にとって変わらぬ価値とは、料理そのものの美味しさだけでなく、「気軽に行ける居場所」であり、「人と人が交わる場である」ことです。時代の変化に左右されながらも、そんな居酒屋文化の灯を絶やさないよう、私たち消費者も応援していきたいものです。
さくら水産のこれまでの努力と、これからの可能性に拍手を送りつつ。たとえ縮小しても、鮮魚と笑顔で迎えてくれる店がどこかにある限り、その歴史はまだ続いていくのです。