出生前診断異常なし 子がダウン症 ― 検査と現実のギャップに向き合う
医療技術の進歩により、私たちはかつて想像もつかなかった情報を早期に得ることができるようになりました。特に出産を控える親にとって、「出生前診断(しゅっしょうまえしんだん)」は、生まれてくる子どもの健康状態を事前に知るための大切な手段のひとつとなっています。しかし、先日公表された「出生前診断異常なし 子がダウン症」というニュースは、同診断に対する私たちの理解を改めて問いかける機会となりました。
今回は、実際に出生前診断で「異常なし」と告げられたにもかかわらず、生まれてきた子どもがダウン症だったというケースを取り上げ、この医療技術の限界と、私たちが向き合うべき現実について、広く共感と理解を呼びかける形で掘り下げていきます。
出生前診断とはなにか?
出生前診断とは、胎児の段階で染色体異常や先天性疾患の可能性を検査する医療行為です。一般的には、「羊水検査」や「絨毛検査」といった精度の高いものから、「新型出生前診断(NIPT)」のように母体の血液を検査する非侵襲的な方法まで、さまざまな種類があります。
その中でも、最近多くの注目を集めているのがNIPT(非侵襲的出生前遺伝学的検査)です。これは、母親の血液中に微量に含まれる胎児のDNA断片を分析し、21トリソミー(ダウン症)、18トリソミー、13トリソミーといった染色体異常のリスクを調べるもので、約99%の高い検出率があるとされています。
しかし、高い精度を誇るとはいえ、100%の確定診断を下すものではないことを忘れてはなりません。検査はあくまで「非確定的なスクリーニング(ふるい分け)」であり、異常があるリスクが「高い」または「低い」と示されるに過ぎないのです。
「異常なし」とされたNIPT、でも現実は…
2024年5月に報じられた今回のケースでは、「新型出生前診断(NIPT)」で「異常なし」という結果が出たにもかかわらず、生まれてきた子どもはダウン症と診断されました。この出来事は、多くの保護者や妊産婦に動揺を与えたことでしょう。そして同時に、「100%確実なものではない」と医療従事者から説明されていたとしても、期待や安心感を持ってしまう心理に共感する人も少なくないはずです。
このご家族は、診断結果に安心し、心から出産を心待ちにしていたといいます。ところが、子どもに染色体異常があることを知った瞬間、驚きと戸惑い、時には喪失感に似た感情が押し寄せ、多くの葛藤を抱えることになりました。
検査の限界と「偽陰性」
医療上では「偽陰性(ぎいんせい)」という言葉があります。本来は陽性であるにもかかわらず、検査結果が「陰性」と出てしまうケースを指します。出生前診断においても、この偽陰性が起こる可能性はゼロではなく、今回の事例もその一つと考えられます。
専門家によれば、NIPTは非常に高い精度を持っていますが、それでも解析やサンプルの取り扱いなど、さまざまな要因が影響するため、1%未満とされるわずかな確率で偽陰性が発生することがあるのです。
このため、NIPT実施に際しては、検査の精度だけでなく、その限界についてもきちんと理解したうえで、慎重に判断を下す必要があります。
情報の受け取り方と家族の選択
出生前診断を受けた場合、その後の選択にも大きな影響があります。異常が検出されると、さらに詳細な精密検査へと進むか、あるいは出産をどうするかという判断が求められます。
一方、「異常なし」と言われた場合には、「何の問題もない」と極端に安心してしまう傾向もあります。しかし、今回のケースのように「結果がすべて正しいわけではない」と分かると、その落胆はより大きなものになることでしょう。
それでも、このご家族はダウン症という診断を受け入れ、今日もわが子と共に暮らしています。「子どもは子どもであって、病名がすべてではない」と話し、前向きに子育てを続けている姿は、多くの人々に勇気と希望を与えます。大切なのは「答えを完璧に求めること」ではなく、「予期せぬ現実とどう向き合い、共に生きていけるか」だということを、私たちに教えてくれているのです。
出生前診断を考えるときに大切なこと
今回のニュースは、医療技術の進歩に対する過剰な期待への警鐘でもありました。出生前診断は決して万能ではなく、人生の選択を簡単にしてくれる魔法のツールではありません。むしろ、検査を通じて得る情報と真摯に向き合い、自分や家族にとって何が大切で、どのような選択をするのか、その葛藤と向き合うことこそが、本質だといえるでしょう。
また、医師やカウンセラーなど、専門家の支援を受けながら冷静に情報整理し、よく話し合ったうえで検査を受けることも重要です。そして、検査の結果がどうであれ、生まれてくる命とどう向き合うかを、自身の価値観とともにゆっくりと考えることが求められます。
誰しもが不確実な未来の中で、それぞれの人生を歩んでいます。その中で、「予定外」の出来事が起こることもあるでしょう。それでも、人は誰かを愛し、誰と共に生きるかを選びながら日々を重ねていく存在です。大切なのは完全な診断結果ではなく、目の前にある命をどう大切に思い、どう育んでいけるかという姿勢なのではないでしょうか。
これから親になる方々へ、またはすでに親である方々へ
今回の報道は、単なる「ニュース」として片づけることのできない大切なメッセージを含んでいます。私たちが健やかな命を願うことは自然な感情です。しかしながら、命とは単純に「健康かどうか」だけで価値が決まるものではありません。
ダウン症を含め、さまざまな特性をもつ子どもたちは、私たちに多様性と包摂(ほうせつ)の大切さ、偏見や無理解を超えて「ともに生きる」ことの意味を教えてくれます。その壁を越えてつながる「親子の愛」は、どんな診断結果にも勝る確かな絆となるでしょう。
未来の親たち、そしてすべての家族が、選択と向き合いながら自分たちのかけがえのない家庭を築いていけるよう、社会全体として支え合える環境を育んでいくことの大切さを、このニュースを通じて改めて考えさせられました。
結びに
「異常なし」と伝えられたのに、現実は違った──。その事実は、多くの人にとってショックであり、不信感を抱く要因にもなりうることでしょう。しかし、それは医療の限界であるとともに、それでもなお進化し続ける科学の中で、いかに人が人として向き合い、より良い選択をしていくかを問われているのだと思います。
検査の制度向上、新たな技術開発は今後も続いていくでしょう。しかし、何より大切なのは、検査結果に一喜一憂することよりも、命に対する深い理解と、多様な子どもたちとともに生きていく覚悟と愛情です。
このような事例が、今後の診断制度の改善につながり、また、誰もが不安に思える中で手を取り合って前に進める社会づくりへとつながることを願ってやみません。