近年、日本を含む世界各地で感染性胃腸炎の流行が再び顕著になってきています。その背景には、ウイルスや細菌の自然な流行サイクルだけではなく、コロナ禍を経た社会の変化が大きく影響しています。2020年以降、私たちは新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、手洗い・マスク・ソーシャルディスタンスといった感染防止策を徹底してきました。これにより、インフルエンザやRSウイルス、ノロウイルスなど、他の感染症も驚くほど抑えられてきたという事実があります。
しかし同時に、そうした対策の継続によって、特定のウイルスや細菌に対する「免疫機会」が奪われ、今、その反動ともいえる状況が起きています。2024年に入ってから、感染性胃腸炎の患者が全国的に急増しており、特に乳幼児から小中学生、高齢者に至るまで幅広い年齢層で影響が出ています。
この記事では、感染性胃腸炎の現状と「免疫負債」の影響、そして私たちが今できる予防策について詳しく解説いたします。
感染性胃腸炎とは?
感染性胃腸炎とは、その名の通りウイルスや細菌に感染することで引き起こされる胃腸の炎症です。主な症状は、嘔吐、下痢、腹痛、発熱などです。一般的にウイルスが原因であることが多く、冬季にはノロウイルス、ロタウイルス、アデノウイルスなどによる感染が目立ちます。細菌性としては、病原性大腸菌やサルモネラ、カンピロバクターなどが知られています。
とくにノロウイルスは感染力が非常に強く、わずか数個のウイルス粒子でも感染しうると言われており、家庭内や集団生活の場での爆発的な感染拡大が懸念されます。
「免疫負債」とは?
今回の記事の中心となっている「免疫負債」とは、感染対策によって一定期間ウイルスや細菌に接する機会が減少したことにより、免疫機能が十分に刺激されず、年齢に応じた免疫の獲得が遅れたり失われたりしてしまう状況を指します。
たとえば、子どもは日常生活でさまざまなウイルスや細菌に触れることで免疫を獲得していきますが、コロナ禍においては保育園や学校の活動が制限され、また感染症対策が徹底されたことで、その機会自体が極端に減少しました。結果、一定のウイルスや細菌に初めて接触する機会が遅れ、その反動として感染リスクが高まっていると考えられています。
この、いわば“免疫の空白期間”が生じた世代に対して、感染症が相対的に重く出る傾向が見られるようになっており、厚生労働省などの公的機関も注意喚起を行っています。
2024年の感染性胃腸炎の流行状況
2024年に入り、特に小児科への受診患者数が過去5年間で最多となっているという報告が医療機関から上がっています。とくに、ノロウイルスやロタウイルスによるとみられる胃腸炎が目立っており、これらは短期間で家族全体に感染する可能性が高いため注意が必要です。
学校や幼稚園・保育園などでは、感染拡大の予防のために臨時休園・学級閉鎖が行われるケースも出てきており、感染状況が社会生活に与える影響も再び無視できないレベルに達していることがわかります。
私たちができる予防策とは?
感染性胃腸炎の予防において、基本となるのは「手洗いの徹底」です。特に帰宅時や調理前後、トイレの後などには、石けんを用いた丁寧な手洗いが効果的です。
また、ノロウイルスなどはアルコール消毒に対する抵抗性が強いため、手洗いの際は物理的な洗浄が大切になります。調理器具やおむつ交換台などの消毒には、次亜塩素酸ナトリウムを含む消毒液の使用が推奨されています。
加えて、以下のような点にも注意が必要です。
– 生ものを食べる際の注意(特に牡蠣などの二枚貝)
– 消化不良を起こしている子どもの登園・登校は控える
– 嘔吐物や排泄物の適切な処理(使い捨て手袋・マスクの着用、処理後の手洗い)
– 体調不良時に医療機関を早めに受診する
集団生活の再開が進む中で、これらの基本的な予防行動はこれからますます重要になります。
子どもと高齢者に特に注意を
感染性胃腸炎の多くは数日で自然と回復しますが、体力の少ない乳幼児や高齢者では脱水症状を引き起こしやすく、場合によっては重篤化することもあります。
特に注意したいのは、嘔吐・下痢を繰り返しているうちに口から水分や食事を摂れなくなってしまい、体内の水分・電解質バランスが崩れてしまうことです。こうした場合、市販の経口補水液(OS-1など)や、医師の指導のもとでの点滴治療が必要になることもあります。
予防が第一ではあるものの、万が一感染してしまった際には、自宅でしっかり休養を取り、脱水を防ぐ工夫(こまめな水分補給、吐きやすいタイミングを避けるなど)を意識しましょう。
これからの生活の中での心構え
コロナ対策によって得られた健康意識の向上や衛生習慣は、引き続き日常生活の中でも有効に活用していくことができます。一方で、すべてのウイルスや菌を排除しようとすることには限界がありますし、過度な衛生環境がかえって免疫の発達を遅らせてしまう可能性もあります。
今後は、感染対策と免疫獲得のバランスを考えながら、「過保護すぎない防疫」のあり方を模索していくことが求められるかもしれません。特に子育て世代や教育関係者にとっては、「清潔にしすぎてはいないか?」「適切な感染体験を通じて子どもが免疫を身に付けていける環境を作れているか?」を改めて見直す機会となるでしょう。
まとめ
感染性胃腸炎の急増という現象は、ただ「流行している」だけではなく、私たちの行動の変化、社会の変化が深く関わっている問題です。免疫負債という新たな課題にも目を向けつつ、正しい知識のもと、日々の衛生習慣や生活習慣を見直していくことが、今後の健康維持につながっていくのではないでしょうか。
家族や地域全体で予防に努めることは、自身の健康はもちろん、医療現場の負担軽減にもつながります。今あらためて、私たち一人ひとりができることに目を向けて、感染症と共にある社会との賢いつきあい方を考えていきたいものです。