近年、日本の農業は深刻な人手不足と、高齢化による担い手の減少という二重の課題に直面しています。かつては大勢の人手で管理していた大規模農地も、今では少人数で維持しなければならない時代へと移行しています。そうした中、福島県相馬市では、わずか3人で60ヘクタールという広大な農地を管理する取り組みが行われており、注目を集めています。その背景には、テクノロジーの導入と働き方の革新があります。本記事では、この取り組みの詳細やそれが社会に与える影響について紹介していきます。
■ 広がる耕作放棄地と日本農業の危機
日本では近年、耕作放棄地の増加が大きな社会問題となっています。農業従事者の平均年齢は60歳を超え、後継者不足から多くの農地が放棄される事例が後を絶ちません。その結果、農作物の安定供給にも懸念が高まっているのが現状です。
さらに、農業は重労働でありながら、収入の安定性が低く、若い世代にとって魅力に乏しい働き口と見なされがちです。そうした背景の中、相馬市では地元農業法人「ナスス」が、最先端の技術を活用し、限られた人員で大規模農場を管理することに成功しています。
■ 最新技術を活用したスマート農業
ナススが採用しているのは、ドローンやGPSを利用したトラクター、リモート監視システムなどの最先端機械です。これにより、作業の自動化が進み、従来なら数十人を要していた業務を、たった3人でこなすことが可能となりました。
たとえば、GPS付きトラクターを使えば、人の手を借りずに自動で耕すことができます。また、ドローンを使って作物の成長具合や病害虫の発生状況を遠隔から確認できるため、効率的かつ迅速な対応が可能です。さらには、生育状況に応じて最適な量の農薬や肥料をピンポイントで散布するスマート農業機器も導入されており、無駄な資源の投入を抑えることにも成功しています。
■ 働き手の多様化と魅力ある現場づくり
ナススでは、農業が本業ではなかった人たちの力も積極的に取り入れています。IT業界出身の人材や、副業として農業に関わる人も少なくありません。こうした人々が、異なる視点や技術を現場にもたらし、伝統に新しい風を吹き込んでいるのです。
また、作業の合理化が進んだことで、体力的な負担が軽減され、高齢者や女性も働きやすい環境が整ってきました。かつては「きつい」「きたない」「危険」と言われた3Kのイメージを刷新し、「スマート」「サステナブル」「生活に密着」といった新たな価値を持った産業へと進化しようとしています。
■ 地域経済とコミュニティへの好影響
長らく放置されていた農地が再び活用されることで、地域の景観が回復。加えて、農業法人が地元に根ざしているため、雇用の創出や地域経済への波及効果も表れています。
ナススの活動は、単なる農業経営の効率化にとどまらず、地域コミュニティの再生にも貢献しています。農繁期には地元の人たちと連携して、互いに助け合いながら作業を進めるなど、都市と農村を結ぶ新たな交流の形も芽生えつつあります。
■ 技術×人の融合による未来の農業像
今回紹介した相馬市の事例は、決して一部のモデルケースに留まるものではありません。日本全国多くの農村地域が同様の課題を抱えている中、こうした革新的な取組みは重要なヒントになります。
テクノロジーは、決して人の働きを排除するものではなく、人々の働き方や目的意識を大きく変革する力を持っています。スマート農業は、ITだけに頼るのではなく、そこに人の経験や知識、地域社会とのつながりを組み合わせることで、より大きな成果を生むのです。
■ 持続可能な農業へ、今求められる視点
食料自給率の維持、農山村の振興、安全で安心な食べ物づくりなど、農業が担う社会的存在意義は計り知れません。その中で、少人数で大規模農地を効率的に管理するという今回の相馬市の事例は、持続可能な農業へ向けた重要な第一歩となるでしょう。
また、「農業=特別な世界」という敷居を下げることも、多くの人が就農への関心を持つうえで大切です。「興味はあるけど難しそう」と感じていた人々が、テクノロジーを味方にすることで、気軽に一歩を踏み出せる環境づくりが求められています。
■ 終わりに
福島県相馬市で始まった、わずか3人で60ヘクタールの農地を管理するという取り組みは、人手不足という課題に真っ向から向き合い、テクノロジーを最大限に活用することで持続可能な未来を切り開こうとするチャレンジです。
このモデルが各地へ広がれば、日本の農業は新たな局面を迎えることになるでしょう。高齢化や耕作放棄地の増加という厳しい状況の中でも、希望を持ち、働き方を変え、新たな未来を創造する力は、確かに存在しています。農業に興味のある若い世代はもちろん、都市に住む人たちにもこのような取り組みに目を向け、できることから関わっていくきっかけとなれば幸いです。