2024年、夫婦別姓をめぐる議論が再び大きな節目を迎えました。日本の立法府において、「選択的夫婦別姓制度」に関する法案が、実に28年ぶりに本格的な審議の対象となったのです。これは、社会的な価値観や家族の在り方、個人の尊重といったテーマをめぐる国民的な関心がますます高まっていることの証とも言えるでしょう。
本稿では、夫婦別姓法案が再審議されるに至った背景やこれまでの流れ、制度導入によって期待される影響、そして今後の課題について、可能な限り中立的な立場からお伝えしていきます。
なぜ今、夫婦別姓の審議が再開されたのか?
今回、選択的夫婦別姓制度に関する法案が審議されることとなった背景には、社会における家族観や性別役割に関する意識の変化があります。内閣府が2022年に行った世論調査では、「希望する夫婦が別姓を選べるようにすべき」という意見が過半数を占めました。特に20代から40代の若い世代では賛成の割合が高く、時代とともに結婚の形や家族の概念が変化していることがうかがえます。
また、仕事上の理由や国際結婚など、実際に現行制度の制約に直面している人々の声も後押ししています。姓の変更によって公的・私的文書類の書き換えや説明の手間が生じることは、実生活において大きな問題となっており、現制度が多様な生き方に完全に対応しきれていないという指摘もあります。
28年前の前回審議とは何が違うのか?
家族法の改正は1996年以来、具体的な前進はほとんど見られませんでした。当時、法制審議会(法務省の諮問機関)は民法改正に関して、「選択的夫婦別姓」の導入を含む見直しを提言しましたが、国会での実質的な進展はありませんでした。制度導入に対する社会の賛否が明確に分かれていたことや、従来からの「家制度」に近い価値観が根強く残っていたことが原因とされています。
しかし、2020年代に入ってからは、個人の尊重や多様性の受容といった価値観が広まり、多くの企業や自治体でも通称使用を認めるなど、現場レベルでの対応が進んでいます。また、家庭裁判所や最高裁でも、「現行制度が憲法に反するか否か」が争われるなど、司法の場でも議論が活発化してきました。
選択的夫婦別姓とは?
「選択的夫婦別姓制度」は、結婚する際に夫婦が同じ姓を名乗るのか、それともそれぞれの姓を維持するのかを選択できる制度です。現在の日本の民法では、結婚時にどちらかの姓(通常は夫の姓)に統一することが義務付けられており、別姓を維持することはできません。
これに対して今回審議が行われる法案では、あくまで「選択肢」としての別姓導入が提案されており、必ずしもすべての夫婦が異なる姓を持たなければならないわけではありません。この点を誤解している向きもありますが、自らの姓を変更したくないと考える人が一定数存在することに対して、法律的な配慮がなされようとしているのです。
制度導入によって何が変わるのか?
選択的夫婦別姓制度が導入された場合、第一に考えられるメリットは「自己の姓を維持できる」ことによる心理的・実務的負担の軽減です。結婚後も職場や住民票、銀行口座、SNSなどプライベート・ビジネスの多方面において個人認証と結びついている「姓」を変更する必要がなく、アイデンティティ保持にもつながります。
とりわけ、結婚後も仕事を続ける女性の間では、姓の変更がキャリア形成に影響を及ぼすケースも多いため、この制度の意義は大きいと言えるでしょう。また、国際結婚において姓の不一致により不便が生じるケースや、再婚・ステップファミリーなどの多様な家族形態に柔軟に対応できる点も制度導入の利点と言えます。
一方で、制度導入にはいくつかの課題もあります。例えば、子どもの姓をどうするのか、戸籍制度との整合性はどう保つかといった実務レベルの調整が求められます。国会ではこれらの点も含めた形で具体的な議論が行われる予定です。
国際的にはどうなっているのか?
夫婦別姓に関しては多くの国々で柔軟な制度が採用されています。米国やフランス、ドイツ、そしてお隣の韓国でも、夫婦が別々の姓を名乗ることは一般的に許容されています。これらの国々では、姓はあくまで個人のものであり、制度がその価値を尊重する形となっています。
日本も国際結婚が増加する中で、他国との制度の違いが婚姻手続きや子育て、国籍取得などの場面で混乱を引き起こすケースが指摘されてきました。今回の法案審議は、グローバルな法制度の中で、日本がどのような社会的価値を選択するかという点にも注目が集まっています。
社会の声が後押しに
冒頭でも述べたように、選択的夫婦別姓制度に対する賛意は年々高まりを見せています。SNSや新聞など、あらゆるメディアを通じて市民一人ひとりが意見を発信し、制度改正を求める署名活動も活発に行われています。特に、ひと昔前と比べて、結婚の形が多様になり、同性パートナーや事実婚といった新たな家族の形を模索する人々も増えてきた今、姓のあり方もまた見直されるべき時期に来ているのかもしれません。
また、若者世代を中心に「個人の尊重」を基本とする価値観が定着する中で、「結婚=姓を一方に変更しなければならない」という画一的な制度に対して疑問の声が上がるのは自然な流れであるとも言えるでしょう。
今後の展望と求められる対話のあり方
夫婦別姓制度の審議は、公的な議論としては新たな一歩となりますが、その導入の是非をめぐってはなお、多くの論点が存在します。例えば、「家族の一体感が損なわれるのではないか」といった懸念や、「子どもの混乱を避けるためには統一性が必要」といった意見は、制度導入に対して慎重な立場をとる人々の中で根強く語られています。
だからこそ、法改正の議論は単なるスピード感ではなく、多様な立場や価値観を踏まえた丁寧な対話が求められます。制度として形式だけを整えるのではなく、それが実際の生活の中でどのように活かされ、誰もが納得できる形になるかどうかが大きな焦点です。
まとめ:変化を恐れず、共に考える社会へ
28年ぶりの審議入りという一歩を、遅すぎた変化と捉える人もいれば、大きな前進と捉える人もいるでしょう。いずれにしても、今日の日本社会は、より多様な価値観に柔軟に対応する時代に突入しています。家族の形、人生の歩み方、そして何より「姓」に込められた思いや尊厳を考えるこの機会は、ただの制度改正以上の意味を持つはずです。
選択的夫婦別姓の法案審議がもたらす議論を通して、私たちがどのような社会を築きたいのか、今こそ一人ひとりが考え、声を発する時ではないでしょうか。制度の先にあるのは、より自由で、自分らしく生きられる未来。その可能性を信じて、社会的な合意を育んでいくことが、今求められているのです。