現在、世界各国が進める半導体産業の供給網再構築の中で、特に戦略的重要性を増しているのが、最先端半導体の製造装置や材料に関連する技術です。その中でも注目されている企業が、オランダに本拠を置くASML社です。この企業は、最先端の半導体製造に不可欠な「極端紫外線(EUV)」リソグラフィ装置を世界で唯一開発・販売しており、世界の半導体産業にとって極めて重要な存在となっています。
2024年4月18日に報じられたニュースによると、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、米オランダの半導体産業について言及し、ASMLの最先端製造装置について「米国がコントロールしている」と述べました。これは、半導体製造装置の輸出や販売について、米国が重要な影響力を持っているという現実を示唆したものと考えられます。
本記事では、尹大統領の発言の背景、ASMLという企業の重要性、そして米国とオランダの半導体政策における協調関係、さらには先端技術の安全保障的価値について考察していきます。
ASMLとは何か ― 世界を握る半導体装置メーカー
ASMLとは、1984年にフィリップスとASMIによって設立されたオランダの企業で、半導体リソグラフィ装置、特にEUV技術において世界をリードしています。リソグラフィとは、シリコンウェハーの上に微細な回路を転写する工程であり、技術の進歩に伴って回路がよりミニチュア化される中で、その精度が問われています。
ASMLのEUVリソグラフィ装置は、波長13.5ナノメートルという極限に近い紫外線を用い、従来型の装置では不可能であった数ナノメートルクラスの微細加工を可能にします。これによって、現在のスマートフォンや高性能コンピュータ、サーバーに使われている最先端チップが製造されています。
現在、ASMLのEUV装置を製造し供給できるのは世界で同社のみであり、多くの主要半導体メーカー――例えば台湾のTSMC、韓国のサムスン、米国のインテルなど――がその装置を必要としています。
米国の影響力と技術のグローバルな関係性
一方で、ASMLが開発・販売している製造装置には、米国企業の重要なコンポーネントや技術特許が使用されています。これにより、米国政府は自国の安全保障上の観点から、特定国への先端技術の供給を制限する権限を実質的に持っている状況です。
例えば、ASMLが中国の半導体企業にEUV装置を売る場合、米国企業の部品や特許が使用されていれば、米国政府の輸出許可が必要になります。近年、米中間での技術覇権争いが激化している中、米国は中国の半導体産業の高度化を懸念し、ASMLに対してもEUV装置の中国への出荷を差し止めるよう働きかけてきました。
こうした状況から、尹大統領が「ASMLの装置は米国がコントロールしている」と言及した背景には、グローバルな技術供給網の中で米国が持つ強い立場への理解と、そうした現実に韓国の産業政策をどう適応させるかという課題意識があると言えます。
韓国の戦略的位置づけと尹大統領の見解
韓国は、サムスン電子やSKハイニックスといった世界有数の半導体企業を抱える国として、半導体分野で常に世界の最先端を走っています。尹大統領は米国と韓国の経済安全保障協力の一環として、2023年に続き、半導体産業のサプライチェーンにおける協調強化を掲げています。
今回の発言も、グローバルな技術制限と供給制約を見据えながら、韓国の最先端半導体産業を守り育てる観点で為されたものと読み取ることができます。
また韓国政府は、国内製造装置メーカーや素材メーカーの育成にも力を入れており、海外技術への依存度を減らし、サプライチェーンの独立性を高める方針を打ち出しています。
先端技術と国家安全保障の接点
現代の半導体産業は、もはや単なる商業的取引の枠を超え、国家間の安全保障や経済戦略の一部として位置づけられています。最先端半導体技術は、AI、量子コンピューティング、5G・6G通信、衛星開発、さらには軍事技術にも応用されるため、各国がこの分野の主導権争いを深めているのです。
ASMLを巡る米国とオランダの連携も、こうした現実を映し出す一端です。オランダ政府は、米国からの要請を受け、ASML製EUV装置の中国への輸出を禁止する動きを見せています。また、より微細なプロセスに適用されるDUV装置などへも規制が拡大しつつあります。
一方で、ASMLにとっては巨大市場であった中国市場への出荷制限は収益面での打撃となるため、技術力と安全保障政策の間で板挟みになる課題も存在します。
まとめ
尹錫悦大統領の発言「ASMLは米国がコントロールしている」は、単なる一企業の経営判断を超えた、グローバルな技術供給網と国家安全保障、経済戦略が複雑に絡み合う現状を鋭く言い当てたものです。
ASMLが象徴するような、国家間協調と競争が交錯する現代の産業地図の中で、各国は自国の経済安全保障をいかに守りつつ、国際協調の枠組みを築いていけるかが重要なテーマとなります。
技術の進化は世界を便利にし、多くの人々の生活を豊かにしますが、その反面、先端技術の支配は国家の主権や安全保障とも切り離せないものとなりつつあります。これから私たちは、半導体という「現代の石油」がもたらす恩恵と課題を、冷静に見つめ、より良い未来に向けた選択をしていく必要があるでしょう。