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牛丼を夢見てペダルを漕いだ8年―自転車で世界を駆け抜けた青年の物語

自転車世界一周 空腹で牛丼を想像 ~壮大な旅路の原動力は「食」だった~

地球を一周する――誰もが一度は夢見る壮大な冒険。しかし、それを実現するには圧倒的な時間、体力、そして何よりも「思い」を持ち続けることが必要です。今回ご紹介するのは、自転車で世界一周を達成した青年、井上翔太さん(31)による感動のストーリー。8年もの歳月をかけ、5大陸、105か国、走行距離6万3000キロを走破した井上さん。その一歩一歩には、日常では決して体験できない出会いと発見、そして空腹と戦いながらも前に進む強い意志が込められていました。

まさに“地球を肌で感じた”とも言える彼の壮大な旅の記録から、私たちが学べること、そして共感できる生き方についてご紹介します。

旅のきっかけは「日本から出てみたい」という好奇心

「最初はとにかく海外に出て、自分の目で世界を見たいと思ったんです。」

井上さんの旅の始まりは、兵庫県出身で当時23歳の若者が抱いた純粋な憧れだったそうです。最初は1年ほどの短期旅行を考えていたそうですが、いつの間にか旅は長く続き、世界一周という前人未到の挑戦へと発展していきました。

彼を動かしたのは大きな目標ではなく、小さな「もっと見たい」「もっと知りたい」という気持ちの積み重ねでした。そして自転車という手段を選んだのは、より生身で世界を感じ、自由度の高い旅をするためだったと語ります。

空腹と砂漠、未舗装の道にも打ち勝った8年間

世界を自転車で回るということは、それだけで過酷な挑戦です。晴天ばかりではなく、雨にも風にもさらされ、病気になることもある――それでも前に進まなければならないのがこの旅です。

井上さんはアフリカや中東で砂漠地帯を走ったり、南米で標高5000メートルを超えるアンデス山脈を越えたりした経験を語っています。時には気温50度の環境で数十キロの水を積んで走り続けたこともあるそうです。

電波の届かない無人地帯や、人がほとんどいない山道など、都市生活では想像もできないような困難が次々に彼を襲ったといいます。それでも彼の中にある強い思いが、ペダルをこぎ続ける力になっていきました。

そのモチベーションの一つになっていたのが、「食」でした。

牛丼ひとつで心が満たされる。空腹が生み出す想像力

ある日、アフリカの砂漠を走行していた井上さん。暑さと空腹と孤独の中で彼の脳裏に浮かんだのが――牛丼でした。

「吉野家の牛丼が食べたい」

この思いが彼に力を与えたと言います。取材では「空腹時に食事を想像することで元気になれた」と微笑みながら話していたのが印象的でした。

人間の体が極限状態にあるとき、私たちは身近な幸せ、つまり「おいしいごはん」や「夕食の団らん」といった日常的なものを恋しく感じます。そしてそれが、前に進むエネルギーになることがあるのです。

日本にいた時は当たり前と感じていたご飯のありがたみを、地球の裏側で改めて実感したと語る井上さん。「あの牛丼をもう一度食べたい」――その思いがペダルを踏む原動力になっていたというのは、どこか親しみを感じさせる話ではないでしょうか。

旅の中で見つけた「人の温かさ」と「違いを楽しむ心」

旅の途中で印象的だった出来事について、井上さんは「各国で出会った人々の温かさ」を挙げています。

国が違えば文化も宗教も生活スタイルもまったく異なります。しかし、訪れた先々で家に招き入れてくれたり、ご飯をごちそうしてくれたりする人々の存在に、彼は何度も救われたそうです。

「見知らぬ外国人の私を信じてくれるその気持ちが、本当にありがたかったです。」

特に内戦の続く地域や、貧しい村などで出会った住民の親切な行動は、彼の考え方に大きな影響を与えたといいます。

旅の中で彼が身につけたのは、「違いを恐れず理解しようとする力」でした。服装、食文化、価値観――どれも日本の常識から外れているように見えても、それぞれが生きるために大切にしていることには変わりません。

違いを排除するのではなく、違いを受け入れ、楽しむ。その姿勢こそが、世界を旅する中で井上さんが得た最大の学びだったのかもしれません。

「一瞬一瞬が濃かった。自転車旅は人生そのもの」

日本に帰国し、世界一周を終えた井上さんは「毎日が濃密で、すべてが記憶に残っている」と語りました。

自転車での移動は車に比べて圧倒的にスピードが遅いからこそ、その土地の空気、人、風景との触れ合いが生まれます。一つひとつの場面をしっかり味わいながら進む旅だったからこそ、「人生のようだった」と振り返るのです。

旅の中で感じた世界の問題、自然の偉大さ、自分の小ささ、食べ物のありがたさ――それらすべてが、彼の人生を豊かにしてくれたといいます。

現在井上さんは、これまでの経験を活かして旅に関する講演活動を行うほか、自転車旅の魅力を伝えるYouTubeチャンネルも開設。今後は書籍化なども視野に入れて、さらなる情報発信を目指しているそうです。

おわりに ~私たちにとっての「旅」とは~

井上さんの旅は、ただの「世界一周」ではありません。それは、自分の限界に挑み、人との出会いを大切にし、日常のありがたさを再確認する人生そのものでした。

私たちにとって、必ずしも同じような旅をすることが必要というわけではありません。しかし、自転車一台で走り続けた彼の姿から、「挑戦すること」「違いを受け入れること」「当たり前に感謝すること」の大切さを、改めて感じるのではないでしょうか。

忙しい日々の中でも、時には立ち止まり、自分の感情に耳を傾ける時間を持つこと。そして、自分だけの「旅」を想像し、その第一歩を踏み出す勇気を大事にしていきたいものです。

冷えた風に吹かれながら、砂ぼこりの道を走る自転車と、想像の中で湯気を上げる牛丼。その対比が、どこか私たちの日常と夢の境界を優しく描いているように思えてなりません。