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奥野壮、舞台『東京リベンジャーズ』で流した覚悟の涙と俳優としての再出発

男泣きの奥野壮、人生を賭けた「東京リベンジャーズ」で掴んだ新境地

2024年5月、国内の舞台業界に激震が走った。和久井健の大人気漫画『東京卍リベンジャーズ』を原作とした舞台『東京リベンジャーズ – 天竺編 -』が開幕し、主演を務めた俳優・奥野壮(おくの そう)が、カーテンコールで男泣きする姿が観客の心を深く打った。彼が見せた涙には、ただの一公演を終えた安堵以上のものが宿っていた。それは、役者としての覚悟、そして20代半ばを迎えた一人の青年が未来を見据える決意の証だった。

“仮面ライダー”から“リベンジャー”へ:奥野壮の飛躍

奥野壮は2000年8月21日、大阪府堺市に生まれた。2017年「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でフォトジェニック賞を受賞し芸能界入り。翌2018年には『仮面ライダージオウ』で主演に抜擢され、平成最後の仮面ライダーとして名を全国に広めた。17歳という若さでの大役を完遂し、一気に知名度を高めた一方で、奥野本人が語るように“その後”に大きな壁が待っていた。

「ジオウが終わって、自分が何者なのか分からなくなった」と彼は語る。すでにスターとしての知名度を得ていたものの、役者として本当にやっていけるのか、自分はどんな道を歩むべきなのか、若き彼は悩み、もがいていた。その葛藤があったからこそ、今回の『東京リベンジャーズ』の舞台、特に「天竺編」へ出演したことは、彼にとって“自分への挑戦”でもあった。

舞台という武器を手に、仲間と闘う

漫画原作の2.5次元舞台は、特に熱狂的ファンを持ち、舞台化作品の中でも非常に人気が高い。『東京リベンジャーズ』もまたそのひとつであり、本シリーズの舞台が上演されるたびに話題をさらってきた。

奥野が演じるのは、原作でも物語の核を担う主人公・花垣武道(はながき たけみち)、通称・タケミチ。時間を遡る能力を持ち、仲間たちを守るため、何度も過酷な運命に抗う姿は、多くのファンを惹きつける。奥野はこの「弱くて強い」タケミチを、これまでの人生で培ってきた経験すべてを込めて演じた。また、今回の「天竺編」はシリーズ中でも特に重いテーマが含まれ、キャラクターの精神的成長が重要な要素となっている。

舞台では、同じく“仮面ライダー出身”の仲間たちも出演しており、共演者との絆も本作を成功に導いた要因となった。仲間との稽古、日ごとの公演、そしてファンの前で繰り広げられる熱い闘い。すべてを本気でぶつけ合う稽古場では、「生半可な気持ちでは臨めない」という空気が張り詰め、ある意味“戦場”でもあったという。

俳優としての「再出発」

奥野は公演終了後のカーテンコールで、感極まり声を詰まらせながら涙を流した。感動に包まれた観客の拍手がその涙に呼応した。「正直、自分がどこまで通用するのか不安だった。でも、ここまで熱い想いを持った仲間たちと走り抜けられたことが、本当に嬉しかった」と、彼は語る。

この涙は、若くして脚光を浴びた俳優としての“葛藤”や“迷い”を断ち切り、再び“本気”でこの道を歩んでいくことを決意した一人の人間の、率直な感情だったといえるだろう。

「人の人生を演じさせてもらうんだったら、まず自分の人生を本気で生きなければ」と、彼は語る。その言葉には、もはや子役の背中は見えず、一人の20代の若者として芯の通った信念が宿っている。

ファンと共に成長する舞台俳優へ

『東京リベンジャーズ』はすでに第5弾公演まで制作され、ファンからの期待も右肩上がりである。「天竺編」はシリーズ最終章であり、集大成とも言える内容だ。奥野にとってもこの作品は、役者人生の大きなターニングポイントとなったことは間違いない。

「これから先、どれだけ上手くなるかが自分次第。演技も、表現も、人間的にも、まだまだ成長できる」。以前のインタビューでそう語った奥野の言葉は、今回の公演を見た多くの人の心に残ったに違いない。

2024年現在、奥野は舞台、映画、ドラマにと多方面で活躍している。その中でも舞台という“生”の現場にこだわる理由は、「観客の反応を直に感じられるから」。彼の演技は日に日に変化し、深化していく。公演ごとにわずかに違うタケミチの表現には、まさしく「生きた芝居」が宿っている。

まとめ:涙の裏側にある強さ

『仮面ライダージオウ』でデビューし、アイドルのような存在として認知された奥野壮。その奥にある繊細さとまっすぐさが、舞台『東京リベンジャーズ』で開花し、多くの観客を魅了した。そして何より、この作品を通じて奥野自身が「俳優としての自分」と改めて向き合い、新たな一歩を踏み出したことが、多くのファンの心を打った。

涙は悔しさや悲しみだけではない。自分を信じる覚悟を持った時、人は初めて前を向いて泣ける。その姿は、誰よりも“タケミチ”そのものだった。

これからの奥野壮がどんな物語を紡いでいくのか。その未来を、私たちは静かに、そして楽しみに見守りたい。