母乳バンクの役割と「命をつなぐ」思い――他人の赤ちゃんに母乳を寄付する女性たちのやさしさ
赤ちゃんが誕生するというのは、生命の神秘と希望に満ちた瞬間です。しかし、すべての赤ちゃんが順調に母親から母乳を受け取れるとは限りません。早産や低出生体重で生まれた赤ちゃんは消化機能が未熟で、生後の栄養補給がとても重要になります。そんな中、注目を集めるのが「母乳バンク」です。
2024年6月に報じられた記事「他人の赤ちゃんに 母乳寄付の思い」(Yahooニュース)では、他の赤ちゃんの命を救おうと、自らの母乳を提供する女性たちの姿が紹介されました。今回は、この取り組みに込められた想いや実際の活動内容、そして母乳バンクの仕組みに迫ってみたいと思います。
母乳バンクとは何か?
母乳バンクは、出産後に余裕のある母親たちから提供された母乳を、特別な処理を経て保存し、必要とされる新生児に届ける仕組みです。特にNICU(新生児集中治療室)に入院する早産児や低出生体重児にとっては、適切な栄養と免疫物質を含む母乳が、成長や命の維持にとって非常に大切です。
新生児にとっての母乳の重要性はよく知られています。WHO(世界保健機関)は、母乳育児を推奨しており、特に生後6か月間は母乳のみで育てることが望ましいとしています。しかし、実際には様々な理由で母乳を与えられない場合もあります。母親の体調や疾病、出産後に子どもと離れて過ごさざるを得ない状況など、その背景には一人ひとりの物語があります。
ドナーミルクを提供する女性たちの背景
今回の記事では、自ら母乳を寄付する「ドナー」の女性たちの声が取り上げられています。ある母親は、自身もかつて早産児の母として苦しい経験をし、他の人の助けに心を動かされたことから、自分にも何かできないかと考えるようになったと語ります。また、別の母親は「うちの子が飲まなくなった分を生かしたい」と、まだ授乳中だった自身の母乳の一部を冷凍保存し、提供しました。
母乳を搾って保存し、専門の施設に送る作業は決して簡単ではありません。忙しい育児の合間をぬって、清潔を保ちながら母乳を搾乳し、コードに従って冷凍・梱包し、提供する――このプロセスには想像以上の労力がかかります。しかしその労を惜しまず、知らない誰かの赤ちゃんに思いをはせて行動する女性たちの姿には、深い共感と尊敬の気持ちが湧いてきます。
処理と流通のプロセス—安全性を守るための手順
提供された母乳は、専用の母乳バンク施設に届けられます。日本では、日本母乳バンク協会がその中心的な役割を担っています。検査やスクリーニングによってドナーの健康状態が確かめられたうえで、母乳も検査され、加熱処理(パスチャライズ)などの安全措置を施されます。そのうえで、NICUなどで必要とされる赤ちゃんたちへ届けられます。
もちろん、市販されている粉ミルクも栄養価の高い重要な選択肢です。しかし、生まれたばかりの赤ちゃんにとって、人間の母乳は消化しやすく、免疫を支える成分がより豊富に含まれることから、可能であれば母乳の提供が望ましいとされています。こうした科学的データに基づき、母乳バンクは医療の現場でも信頼を集めているのです。
「目の前の命を何としても守りたい」という思い
取材を受けたNICUの医師は、「重篤な早産児にとって母乳は命をつなぐ栄養であり、母乳バンクからの提供ミルクがなければ救えなかった命もある」と語ります。また、医療現場では母親の母乳が安定供給できない場合には、ドナーミルクに頼ることが現実的な選択肢となっており、この仕組みを通じて命を支える努力が続けられています。
一方で、日本ではまだまだ母乳バンクの認知度は高いとは言えず、提供者(ドナー)も決して多くはありません。日本母乳バンク協会では、今後のドナー登録者の拡大に向けて情報発信を行っており、メディアでの紹介やSNSでのシェアにより、少しずつ関心と理解が高まっています。
また、医療施設側に対する教育や理解も重要です。ある産婦人科医は、「助かった命を忘れず、その経験を次に生かすことが私たちの使命だ」と話し、治療だけでなくその後の啓発活動にも力を入れている様子が印象的でした。
「見知らぬ誰かの赤ちゃん」に手を差し伸べる
母乳寄付という行為は、決して派手な社会貢献ではありません。むしろ、非常に地道で、報われることの少ない善意の行動といえるでしょう。しかし、そのひとしずくの母乳が、たった今NICUで闘っている赤ちゃんの体力となり、未来への一歩となっているのです。
「誰かの子にうちの母乳が届いたなんて、なんだか不思議だけど、うれしい」。そう笑顔で話すドナーの言葉には、赤の他人同士であっても絆が芽生えることを教えてくれています。
生命をつなぐために、自分にできることを選び取った母たち。彼女たちの優しさが、確実に新しい命の支えになっていることを忘れてはならないでしょう。
今後の展望と私たちにできること
日本における母乳バンクの普及は、まだ緒についたばかりです。しかし、命を支える仕組みとしての価値は間違いなく大きく、今後さらなる啓発活動や制度面の整備も期待されています。
私たちができることは、まずこのような仕組みや活動があることを知り、理解を深めること。そして、自身が母乳を提供する立場にはなくとも、ドナー制度を多くの人に紹介したり、正確な情報を広めたりすることは十分に貢献になります。
母乳は単なる栄養ではなく、命を育む力そのものです。現代社会において、この一本の命のバトンをつなぐ母乳バンクの存在が、もっと多くの人に知られることを願ってやみません。
これをきっかけに、わたしたち一人ひとりが優しさを持ち寄り、見えないところで命を守る仕組みに関心を寄せていけたら…。小さな行動が、誰かの大きな未来を照らすことにつながるのです。