日本ラグビー界の名将、エディー・ジョーンズ氏の未来は、依然として多くの注目を集めている。2023年のラグビーワールドカップ(W杯)フランス大会で日本代表が一次リーグ敗退という結果に終わった後、2023年12月に男子7人制日本代表のGM(ゼネラルマネジャー)であり日本協会のハイパフォーマンス担当理事に就任した藤井雄一郎氏が再び注目を浴びている。
現在、2027年のW杯に向けた日本代表の再建が急務となっており、日本ラグビー協会は次期ヘッドコーチの選定作業を本格化させている。その中で「エディー・ジョーンズの再登板」が議論の的になっているのだ。
しかし、エディー氏の名前が候補に挙がることに対して、一部の識者やメディアからは冷ややかな声もある。2023年W杯以前には、オーストラリア代表のヘッドコーチを突然辞任し、日本ラグビー協会に「密談」していたと報道されたこともあり、その誠実性に疑問の声が上がったからだ。だが、それでも「彼こそが日本ラグビーを再建させられる唯一の指揮官かもしれない」との期待を寄せる声も根強い。
なぜ、ここまでエディー・ジョーンズ氏が注目されるのか。それは過去の輝かしい実績、そして彼が日本ラグビーにもたらした“変革”に他ならない。
エディー・ジョーンズ氏は、オーストラリア・タスマニア州ホバート生まれの日系オーストラリア人。日本人の母を持ち、日本との文化的なつながりも深い。大学ではシドニー大学で学び、ラグビー選手としても活躍した。その後、コーチ業に転身し、まずは地元オーストラリアのクラブチームで指導を開始。2001年にはオーストラリア代表「ワラビーズ」のヘッドコーチに就任し、2003年のW杯では準優勝に導く。
そして、彼の名前が広く日本のスポーツ界に知られるようになったのが、2012年から指揮を執った日本代表時代だ。就任当初、日本代表は世界ランキングでも格下と見られていたが、エディー氏は徹底したフィジカル強化、戦術理解の深さ、緻密なトレーニングを施し、チームの意識を根本から変革していった。“エディー・マジック”は日本代表に魂を吹き込み、2015年のイングランドW杯、初戦での南アフリカ代表に対する逆転勝利「ブライトンの奇跡」は、世界中のスポーツファンに衝撃を与えた。
それまで、日本代表はW杯で1勝をあげるのがやっとという状況だったが、この勝利で一躍世界の注目を集め、その年の日本スポーツ界の年間最大のニュースのひとつとなった。この功績をもってして、エディー氏は日本ラグビーの“恩人”とも言われる存在になった。
その後、彼はイングランド代表のヘッドコーチに抜擢され、2016年から2022年までその任を担った。2019年W杯では日本開催ということもあり、再び日本の土を踏み、日本に勝利した上で決勝へとチームを導いてみせた。そして、再び日本ラグビー界が“改革”を必要としている今、「再び彼の力を」と願う声があがるのも不思議ではない。
とはいえ、藤井雄一郎氏は現状では次期HC(ヘッドコーチ)について「白紙」だと明言している。かつて筑波大学蹴球部のヘッドコーチを務め、神戸製鋼コベルコスティーラーズで国内タイトルを7連覇、さらに前回2019年W杯で日本代表全体の準備を支えた藤井氏は、育成と組織運営に定評があり、理論と熱意を兼ね備えた人物だ。彼のマネジメントの下、アカデミー世代の育成からトップ代表までの一貫したビジョンが描かれつつある。
藤井氏は記者団に対し、次期ヘッドコーチの選考について「寝ても覚めても考えている」と語った。現段階では複数の候補者との面談や内部会議を行っており、エディー氏を含めた“過去の指導者”とも広く意見交換をしている可能性は否めない。ただし、「常に改革」「未来志向」という協会の新体制の方針のもと、単なる“往年の名将”復帰ではなく、世界の競技動向を踏まえた視野から最良の人材を見極めていく姿勢だ。
日本ラグビーが2023年W杯で示した課題は明白だった。スピード、フィジカル、ゲームマネジメント、そして選手層の薄さ。これらを解決するには、単に有名監督を連れてきても難しい。協会、現場、育成、ファン、すべてが一体となる“ラグビー文化”の再構築が必要だ。エディー氏のようなカリスマがその中核を担うことには大きな可能性があるが、その一方で新しい風を吹き込む若手指導者の台頭や、日本人ヘッドコーチの登用という選択肢も示唆されている。
「協会の決断が一つの時代を左右する」と関係者が語るように、今回の人事は、単なる監督の交代以上の意味合いを持つ。育成年代にまで及ぶ影響が出るだけに、その選定は慎重を極めて当然だ。
果たして、日本ラグビーは再び世界に挑む強さを取り戻せるのか。そしてその舵を取るのは、やはりあの名将・エディー・ジョーンズなのか。それとも新たなリーダーによる新時代が始まるのか。決断の時は、刻一刻と迫っている。