Uncategorized

松原后に再び海外クラブから熱視線 欧州再挑戦の可能性に揺れる磐田の攻撃的サイドバック

日本サッカー界に新たな一石を投じるニュースが6月25日、スポーツメディア各社から一斉に報じられた。パリ五輪世代の日本代表で、Jリーグ・ジュビロ磐田に所属するMF松原后(まつばら こう)選手が、一部の海外クラブから獲得の打診を受けていることが発覚したのだ。本人は明言を避けているものの、移籍市場の裏で着々と進む交渉の動きに、国内外のファンから高い関心が寄せられている。

松原后は静岡県藤枝市出身の27歳。彼のキャリアは県内屈指のサッカー強豪校である藤枝東高校からスタートし、早くから頭角を現していた。柔らかなボールタッチと、サイドバックとしてのスピード、そして攻撃時の貢献度の高さから高校時代に多くのスカウトの目に留まり、2015年にジュビロ磐田へ入団を果たす。

プロとしてのキャリアスタート当初はなかなか出場機会に恵まれなかったが、努力を重ね、2016年にはレギュラーに定着。2017年には左サイドバックとしてJ1リーグの舞台で存在感を示し、「攻撃的SB(サイドバック)」という立ち位置を築く。さらにその後、海外クラブへの挑戦も経験する。2019年からスイス1部・FCシオン、2021年からオランダ・エールディヴィジのフォルトゥナ・シッタートにも在籍。欧州でのプレーを通じて、彼はフィジカルの強化と戦術理解力をさらに深め、帰国後の磐田でも主力として高いパフォーマンスを維持してきた。

磐田に復帰してからというもの、彼のプレーはJリーグで再び注目を浴び、2023年には再び代表候補に名を連ねることになる。特に人々を驚かせたのは、パリ五輪世代の強化合宿にオーバーエイジ枠で招集された際の試合で見せた落ち着きと高いスキルだった。若手選手たちとの連携もスムーズで、経験をもとにピッチ上で的確な指示を飛ばすなど、リーダーシップを発揮していたのだ。この辺りから、彼がただの中堅選手ではなく、チームの軸足を支える存在であることが強く印象づけられていく。

それだけに、今回の移籍報道には多くの関係者が注目している。報道によると、海外数クラブが正式または非公式に獲得の意向を示しており、代理人を通じて具体的な交渉に入っているケースもあるという。なかでも、欧州中堅リーグのクラブや、最近ではMLS(メジャーリーグサッカー)のクラブとの接触もあるとされる。

この背景には、最近の松原のプレーぶりが関係している。2024年J1リーグでは、ジュビロ磐田が苦しいシーズンを過ごす中でも、彼だけは抜群の安定感を誇っていた。攻守の切り替えの速さ、正確なクロス、さらには試合終盤でも落ちない運動量とスタミナ。それはまさしく「欧州再挑戦」にふさわしいプレーヤーの姿だった。

とはいえ、松原はメディア対応において非常に慎重な姿勢を崩していない。6月24日の練習後、報道陣の取材に対して松原は、「いろんな話があることは聞いているけれど、いまは磐田に集中している」とのみ語った。まさにプロフェッショナルらしい対応。通常、移籍を見据えた時期になると、チームや監督との関係性が微妙になる選手もいる中で、松原は一貫してチーム第一の姿勢を崩していない。

磐田サポーターにとっては複雑な心境だろう。一方で彼の国内での活躍を肌で感じ、愛着を抱く人々は海外挑戦を快く送り出す土壌も持っている。SNS上でも、「もう一度海外で輝いてほしい」「このタイミングしかないかも」「寂しいけど代表のためにも行ってくれ!」など、彼を支持し背中を押す声が相次いでいる。

一方でJリーグ関係者の間では、松原クラスの選手が再び海外に羽ばたくことが、Jリーグ全体の価値を高めるという視点もある。実際、日本選手の移籍は単なる個人の挑戦にとどまらず、若手選手の憧れや育成システムの強化にも直結するため、リーグ運営にとっても重要な示唆を含んでいる。

そして、松原には明確な目標がある。彼がかねてから公言していたのが、フル代表での定着と、ワールドカップへの出場。「まだ代表でやり残したことがある」と語る彼にとって、世界最高峰の大会に立つ準備として、もう一度ヨーロッパの舞台に身を置くことは、必然のステップかもしれない。

未来はまだ閉ざされてはいない。松原后の選手としてのピークは、これからが本番と見て間違いないだろう。彼が今後どのクラブで、どの舞台で自らのサッカーを表現していくのか。それはジュビロ磐田サポーターのみならず、日本サッカー界全体にとっても、大きな関心事であり、誇りとなるに違いない。

移籍が正式決定するその瞬間まで、一人のサイドバックが静かに、しかし確実に歩を進めていく。背番号5のプレーには、まだ語られていない未来と可能性が詰まっている。