“新しい貧困”の時代に立ち向かう社会起業家──原貫太氏が目指す「誰も取り残さない」未来
2024年5月、厚生労働省が発表した最新の統計によると、日本国内で生活保護を受ける世帯が過去最多となった。背景には、雇用の不安定化、賃金の伸び悩み、そして高齢化・単身世帯の増加といった、複雑に絡み合う社会課題がある。とくに注目されるのは、かつて中流と呼ばれた層の人々が貧困線の下に押し出されているという事実だ。これはもはや一部の“特殊な人たち”の問題ではなく、現代日本に生きるすべての人が直面しうる問題となった。
こうした中、「見えない貧困」と向き合い、目の前の一人ひとりへ現実的な支援を届ける活動を続けている若き社会起業家がいる。国際協力活動家・原貫太(はら かんた)氏だ。
■アフリカでの原体験が原動力に
1994年生まれの原貫太氏は、国際教養大学を卒業後、大学在学中から精力的に国際協力活動に取り組んできた。大学時代にはアフリカのウガンダや南スーダンを訪れ、紛争や貧困に苦しむ人々と直接向き合う日々を過ごした。そこで目の当たりにしたのは、「支援の届かない人々がどう生き、何を必要としているのか」という厳しい現実だった。そして同時に、「支援とは何か」「支援の正しさとは何か」と問う自問自答の旅が始まっていったという。
当時、国際NGOをはじめとする支援団体に対する価値観として「かわいそうな人を助ける」といった一方的な構図が少なくなかった。それに対し、原氏は“相手の声を聞き、共に生きる”という対等な関係性を重視した支援のあり方を模索。自身のブログやYouTubeなどでもその哲学を発信し、じわじわと共感の輪を広げていった。
■社会起業家として日本国内の貧困にも目を向ける
原氏の活動は、国際協力のみならず、近年では日本国内の貧困層の可視化にも焦点を当てている。彼は「今の日本には“新しい貧困”がある」と語る。
ここでいう“新しい貧困” とは、今すぐ命に関わるような極度の困窮状態ではないものの、生活保護の対象にならず、それでもギリギリの生活を強いられている人々のことだ。仕事をしているにもかかわらず、ワーキングプアに陥っている単身労働者。家族からの支援も受けられず、社会的孤立の中で孤独死寸前の高齢者。家を失う一歩手前でネットカフェを転々とする30代の若者。そうした“見えない”がゆえに社会から気づかれにくい人々を支援するには、従来の行政サービスでは対応しきれない現実がある。
原氏は、自身の言葉でこう語っている。
「日本には外から見えにくい貧困があります。たとえば冬の夜、暖房も電気もつけられない部屋で、冷えた床に膝を抱えて過ごす人がいる。その人は、外を歩いていても“貧困層”には見えない。でも苦しんでいる。その一人に手を差し伸べる仕組みが、今の日本にはまだ届きにくい。」
■民間の力で“誰も取り残さない”社会を築く
こうした課題認識のもと、原氏は教育支援、フードバンク、シェルターの運営支援などの複数の民間プロジェクトに関わりつつ、行政との連携も模索している。SNSを駆使した情報発信力も彼の武器の一つで、若者世代を中心に「貧困が他人事じゃない」と感じさせる擬似体験的なコンテンツが話題となっている。
彼のモットーは、「社会課題を知ってもらうことが、支援の第一歩になる」。自身がかつてアフリカで感じた“知らないことの残酷さ”を、日本の現実に遡及させているのだ。とりわけ近年では、コロナ禍や物価高によって、非正規雇用の若年層、一人親家庭、精神的困難を抱える層など、従来の福祉網をすり抜ける層が急増しており、「支援の再設計」が急務となっている。
■「当たり前の暮らし」が夢になってはいけない
原貫太氏は現在、自身のYouTubeチャンネルやSNSを通じて、日々の情報発信を続けている。ときには街頭でホームレス状態にある人々と交流し、その生の声を伝えることもしばしばだ。彼は決してスーツ姿で語る評論家ではない。夜の寒空の下、震える人の隣で同じコーヒーを飲みながら、その思いを聞き、自らの言葉で社会にそれをつないでいく。それが彼のスタイルだ。
そんな彼が私たちに問いかけるメッセージは明快だ。
「“普通に暮らす”ことが特別な才能や運の上に成り立っているなら、それは社会構造が間違っていると思います。本来、働いている人が週に5日間働いても暮らせない、家賃が払えない、電気代が捻出できない、それはおかしい。すべての人が当たり前に生活できる社会であるべきだと、僕は本気で思っています。」
この言葉の重みは、彼が現場で積み上げてきた“目の前の一人”との繋がりの賜物だ。膨大な統計や政策より早く、彼は人々の「声」と「現実」から未来を見ている。
■希望は、共感と行動から生まれる
日本は、経済大国でありながら、社会的孤立や無縁化が加速するという大きなジレンマに直面している。誰もがスマートフォン一つで世界とつながれる時代だからこそ、目の前の困っている人に気づき、名前で呼びかけ、共感し、支え合う社会の再構築が求められている。
原貫太という一人の社会起業家の挑戦は、その序章でしかない。しかし、彼が蒔いた一粒の種は、確実に多くの人々の心に生き続けている。募金やボランティアなどの“行動”だけでなく、「知る」「考える」といった形の共感も、社会を動かす大きな力となる。
“貧困”という言葉の中には、「物質的な貧しさ」だけでなく、「孤立」や「機会の不平等」といった目に見えない痛みも含まれている。原氏のような存在が、日本のいたるところで生まれ、育ち、繋がり合っていく──その未来を、私たちは希望と呼ぶことができるだろう。