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戦争で心壊れ 家族に向いた狂気――暴力にしないための支え方と回復の道

「狂気」は誰の中にも芽生えうる――まず事実から始めよう

戦地での体験は、終わった瞬間に消えるものではありません。銃声や爆発にさらされた身体、命の境界で凍りついた心、守れなかった後悔――それらは、帰還後もしつこく現在を侵食します。怒りや無力感が行き場を失い、最も近くにいる家族へと向かってしまうことがある。ここで大切なのは、暴力は決して許されないという線を明確に引きつつ、その根に「病い」と「傷」があることも同時に見つめることです。

戦争が残す3つの傷:PTSD・複雑性PTSD・モラル・インジャリー

  • PTSD(心的外傷後ストレス障害):フラッシュバック、悪夢、過覚醒、回避など。安全な場所でも常に警戒が解けず、些細な刺激で爆発的な怒りが出ることがあります。
  • 複雑性PTSD:長期にわたり極度のストレスにさらされた結果、感情調整や対人関係が広く損なわれる状態。家庭内のコミュニケーションに深刻な影を落とします。
  • モラル・インジャリー:自分の倫理観を踏みにじる体験による深い自責や恥。怒りが自己と他者のどちらにも向かいやすく、孤立を強めます。

「家族に向いた狂気」の正体

それは意志の弱さではなく、神経系が危険に適応した結果としての「過覚醒」や「感情麻痺」が絡み合った現象です。音や匂いが引き金となって記憶がよみがえる、眠れずアルコールで抑え込む、孤立して苛立ちが増す――このループが続くほど、衝動的な行為のリスクは高まります。

リスクを高める要因と、断ち切る保護要因

  • リスク要因:孤立、失職や経済的不安、物質使用、未治療のトラウマ、幼少期の逆境体験、銃・刃物への容易なアクセス。
  • 保護要因:安全計画(安全な部屋や避難先の共有)、ピアサポート(同じ体験者とのつながり)、安定した生活リズム、意味や価値の再構築、早期の専門治療。

危険の早期サインと「行動の選択」

  • 身体のサイン:睡眠障害、心拍の上昇、些細な音への過反応。
  • 心のサイン:強い怒り、無感覚、記憶の空白、過度な回避。
  • 行動のサイン:物に当たる、怒鳴る、ドアを叩く、過剰な監視。

これらが現れたら、「安全最優先」です。危険を感じたらすぐに距離を取り、必要なら避難し、110番もためらわない。落ち着いているときに、家族で「タイムアウト合図」「その場を離れる手順」「子どもの避難先」を取り決めておきましょう。

家族・周囲にできる支え方

  • 非難ではなく事実と感情を分ける:「あなたはいつも怒る」ではなく「さっきの大声で怖くなった。いま別室で休もうと思う」などのIメッセージ。
  • 境界線を明確に:暴力・威嚇はゼロ。破ったら速やかに物理的距離を置く。
  • 傾聴と同伴:原因探しより安全確保と受診同伴。診察メモを共有。
  • トリガー管理:特定の映像・音・匂いを家庭内から減らし、ニュース視聴の時間と内容を調整。

当事者が今日からできるセルフケア

  • グラウンディング:5つ見えるもの・4つ触れるもの…と現在の五感へ注意を戻す。
  • 呼吸リセット:吸う4秒・止める4秒・吐く6秒を数分。
  • 睡眠衛生:起床・就寝を一定に、寝室は暗く静かに、就寝前の飲酒・ニュースを控える。
  • 物質使用の自己管理:依存の疑いがあれば早めに相談。
  • 危機カード:自分を落ち着かせる言葉、連絡先、避難先を1枚に。

専門的支援は「回復の近道」

  • 心理療法:認知処理療法(CPT)、持続エクスポージャー療法(PE)、EMDRなどは科学的根拠が確立。
  • 薬物療法:睡眠・不安・抑うつの症状緩和に有効な場合がある。自己判断で中止しない。
  • 家族療法・ピアサポート:関係の再構築と孤立の解消に役立つ。

相談先(日本)

  • 緊急時:警察(110)。
  • DV相談+:0120-279-889(電話・チャット・メール対応)。
  • DV相談ナビ:#8008(最寄りの支援窓口へ案内)。
  • よりそいホットライン:0120-279-338。
  • こころの健康相談統一ダイヤル:0570-064-556。

命の危険があると感じたら、ためらわずにすぐ通報し、身を守ってください。子どもは必ず大人の安全の輪で守る――これが最優先の原則です。

社会ができること

偏見のない受け皿、休職と復職支援の仕組み、匿名でアクセスしやすい相談環境、報道の配慮、そして家族と子どもを守る制度の実効性を高めること。戦争は一部の人の出来事ではなく、社会全体の課題を私たちに突きつけています。

おわりに――「狂気」を「回復」に変えるために

「狂気」の背景にあるのは、人間が生き延びるために働いた脳と身体の必死の適応です。暴力は決して正当化されませんが、暴力に至らせない支援と回復の道は誰にでも開かれています。孤立をほどき、言葉に変え、助けを借りる。私たち一人ひとりの小さな実践が、家庭の安全を守り、次の加害・被害を防ぎます。今日、できる一歩から始めましょう。

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