災害時にも守られるべき「安心」──避難所における性被害防止を目指した下着の開発背景
大規模な自然災害が発生すると、多くの人々が避難所での生活を余儀なくされます。日常とはかけ離れた非日常の中で、人々は不安やストレスと闘いながら、最低限の安心と尊厳を保って生活しなければなりません。しかし、残念ながらそんな避難所においても、性的な被害が起きるという現実があります。
こうした問題を受けて、避難所での性被害を未然に防ぐことを目的に、新しい下着が開発されました。この開発の背景には、被災者の声、支援者の経験、そして人としての尊厳を守るための強い想いが込められています。本記事では、避難所での性暴力の実態や課題を浮き彫りにしながら、被害を防ぐ下着の開発に関わった人々の取り組みに迫ります。
避難所という「共有空間」のリスク
避難所は、家を失ったり、一時的に危険から逃れる場所としての役割を果たす一方で、プライバシーが極端に少ないという課題もあります。体育館や公民館といった大きな空間に、性別や年齢が異なる大勢の人たちが身を寄せ合う形となるため、個別の空間は非常に限られています。
過去の災害において、こうした避難生活の中で、特に女性や子どもたちが性被害を受けるケースが報告されています。夜間にトイレへ行く際の不安、就寝中のそばに他人がいる不快感、無言の恐怖──こうした「言い出せないこと」が、避難所生活者に大きな精神的ストレスをもたらすことは容易に想像できます。
声を上げようにも、被害を受けたこと自体を周囲に知られることへの恥ずかしさ、家族に心配をかけたくないという気持ち、そして加害者との関係性によっては報告できないという事情もあります。こうして被害が顕在化しにくく、「見えない被害」として埋もれてしまうのです。
性被害に向き合う支援者の声
こういった深刻な問題を解決しようと、現場で支援に当たった人たちは考え、行動してきました。例えば、避難所運営に携わった女性支援団体の関係者は、過去の避難所運営において何度も性被害の報告を受けた経験から、「予防的措置」の必要性を強く感じたと話しています。
支援活動を行う中での気づきは、単に「被害が起きた後に対応する」のではなく、そもそも「被害が起こりにくい環境づくり」、つまり「予防」の考え方にシフトするべきだという転換点となりました。そのためには、避難所の構造や運営方法の見直し、そして個人ができる対策の両輪が必要です。
下着がもたらす「予防」と「安心」
こうした支援者の想いと被災者の声をもとに、生理用ショーツの製造などを手がける企業が中心となり、「性被害防止下着」の開発が始まりました。
この防犯下着は、「安全であること」「着脱しやすくない構造」「それでいて違和感のない外観や着心地」といった条件を満たすようにデザインされています。例えば、ロック機能がついたファスナーや、着替えの際にも周囲から中が見えにくい構造など、細やかな工夫が施されています。
この下着を着用することで、被災者自身が自衛の手段を持つことができると同時に、「私たちは守られている」という心理的な安心感も得ることができます。心身ともに不安定になりやすい避難生活において、この安心感は非常に大きな意味を持ちます。
現場の声を取り入れた「使いやすさ」の追求
開発にあたっては、実際の被災者や支援者の声を最大限取り入れ、プロトタイプの段階からフィードバックを重ね、改良してきました。「締め付けがきつすぎないか」「生地はかぶれにくいか」「夜間のトイレでの使い勝手はどうか」といった、使用者目線での細かい意見が反映されています。
また、あくまで「予防」のための製品であるため、見た目は通常の肌着と変わらないよう工夫されており、特別視されず、持ち物としても周囲に気を遣わずに済む配慮がされています。こうした細やかな設計思想は、開発に携わった人々の「誰ひとり取り残さない」という理念のあらわれです。
災害とともに生きる社会の課題として
災害が頻発する現代において、備えることの大切さは皆が認識するところです。しかし、食料や水、毛布といった「目に見える物資」の備蓄だけでなく、「安全」「安心」「尊厳」といった目に見えにくい要素についても、同じように準備していくことが求められます。
性被害を防ぐ下着の開発は、その一例に過ぎません。しかし、このような製品の存在が知られることで、避難所のあり方そのものや、災害時の支援の在り方が見直されるきっかけとなる可能性があります。他人事ではなく、自分自身や身近な人の生活を守るための備えの一つとして、今後ますます注目されるべき取り組みです。
今後に向けてわれわれができること
性被害というと、「一部の特殊なケース」と捉えられがちですが、実際には、環境が悪化したときにどこでも起こりうる普遍的な問題です。だからこそ、個人の備えに加えて、行政の対策、企業の技術、そして社会全体の意識の変化が必要不可欠です。
避難所での生活は、すでに大きな喪失や不安の中にある人々にとって、せめて「安心して眠れる場所」でなければなりません。そうした環境づくりに向けた一歩として、これから多くの家庭や支援団体がこのような製品を取り入れていくことが期待されます。
また、災害対策にあたっては、「何を備えるか」だけでなく、「誰がどんなリスクを抱えるか」という視点をもつことが、今後の備えにおいて不可欠です。そのためには継続的な情報発信、啓発、そして一人ひとりの関心が大きな力となります。
終わりに
「避難所」という言葉は、本来は安全で安心できる場所であるはずです。しかし、その場所でさえ、時に女性や子どもなど弱い立場にある人たちが被害に遭う危険を孕んでいるという現実を、私たちは直視しなければなりません。
不便な環境の中で、自らの体を守り、尊厳を保って生き抜くための選択肢を広げようとする下着の開発は、単なる製品ではなく、「生きる力」を支える希望の一つです。今後、こうした取り組みがさらに広がり、誰一人として不安にさらされることのない避難所生活が実現されることを、切に願います。
