かつて“庶民の味”として秋の食卓を彩っていたサンマが、驚くような高値で取引されていたという報道が注目を集めました。話題となったのは、1尾なんと10万円という価格で販売されていたサンマが、最終的に1000円にまで値を下げて売られたというニュースです。
魚が1匹10万円…その数字だけを見ると、高級寿司店か美術品の話かと錯覚してしまいます。しかし背景にあるのは、今、日本の水産業と食文化を取り巻く深刻な現実です。本記事では、このニュースに込められた背景を探りながら、私たちの食卓と海との関わりを改めて考えるきっかけとしてみたいと思います。
「10万円のサンマ」とは何だったのか?
話題となったのは、北海道で水揚げされたサンマの初競りでの出来事でした。例年、初競りでは高値が付くのが慣習となっています。それは縁起物としての意味合いや、話題づくり、市場に元気を与えるという意味でも、ある種のパフォーマンスとして成立しています。
今回も同様に初競りで、品質の良い「大サイズ」で「脂の乗った極上物」とされるサンマ1尾に対して、10万円という落札額がつけられました。ニュースでは“10万円のサンマ”として広く報道され、一気に注目を浴びましたが、ここで重要なのは、この10万円という価格が通常の流通に乗る価格ではないということです。
しかし、その後まもなく、同じ市場でサンマは1尾1000円にまで値下げされ、実際の商売ベースで取引されました。この流れは、実際の水産物流通とマーケティング、そして消費者の意識のズレを非常に象徴する出来事でもあったといえるでしょう。
サンマの漁獲高は年々減少している
そもそも、近年サンマの漁獲量は大きく減少しています。かつては日本近海で大量に水揚げされ、手頃な価格で庶民の味として親しまれていたサンマですが、ここ数年の漁獲高は大幅に減り、かつてのようにどこのスーパーにでも山盛りに並ぶような光景は減っています。
この背景には、海水温の上昇やサンマの回遊ルートの変化、中国や台湾などによる公海上での先取り漁、さらには日本の漁業資源管理の課題など、様々な要因が挙げられます。
漁のたびにかかるコストは増え、漁港に戻っても思うようにサンマが捕れない現実。漁業者は苦境に立たされ、消費者もまた、サンマを食卓に出すことが難しくなった今、サンマは高級魚の仲間入りをしてしまいつつあります。
「高根の花」になってしまったサンマ
今回のニュースは、市場での話題性に端を発したものですが、その裏には、かつて当たり前だった「秋刀魚を焼いた香ばしい香りが秋の訪れを感じさせる」ような季節感までもが、少しずつ遠のきつつあることを映しています。
今やサンマは、特売で100円以下で買えた時代からは想像もつかない“高根の花”となり、一般の家庭では手が出しにくくなっています。それは一概に「高値だから」というよりも、「釣ることが難しくなってしまった現実」があるからです。
特に近年は、1尾300円、500円とスーパーの冷ケースに鎮座し、その価格に一度足を止める消費者の姿も見受けられます。「旬の味覚を味わいたい」という気持ちはあっても、それが難しいのなら…と、手を引っ込める方も少なくありません。
それでもサンマは、私たちにとって特別な存在
たとえ値段が上がったとしても、サンマには日本人の食文化に深く根付いた存在であることに変わりありません。炭火で焼かれ、塩がパチパチと弾ける音と香ばしい匂いが漂う夕暮れの風景は、私たちの記憶に残る秋の象徴の一つです。
また、内臓ごと食べられるこの魚は、調理が比較的簡単なうえに、EPAやDHAなど栄養価も高く、健康志向の現代社会においても非常に価値のある食材です。だからこそ、少し高くても「今年も食べたい」と思う人は少なくありません。
持続可能な海の恵みを守るために
では、こうしたサンマの不漁や価格高騰の現状に対して、私たちは何ができるのでしょうか?
その一つの道は、「資源を守る」ことに対する意識を高めることです。水産資源の管理は、漁業者だけが担うものではなく、私たち一人ひとりの選択にも関わってきます。たとえば、乱獲を防ぐ漁業のあり方、適切な量を買い、無駄にしない消費の仕方、持続可能な認証を受けた魚介類を選ぶ意識など、少しの心がけで「未来の食卓」を守ることにもつながります。
また、漁業者を支援する動きも広がっています。直送サービスや産直市場の利用、SNSを通じた情報拡散、ふるさと納税などでも地域の漁業を支えることができます。
サンマだけじゃない。これからの“食の在り方”を考える
今回話題となった「10万円のサンマ」という出来事は、単なる奇抜なニュースとして片づけるのではなく、私たちの食文化と海洋資源のリアルな状況を知るきっかけとして考えるべきです。
同じような傾向は、イカ、マグロ、サケなど様々な魚にも見られます。「またたくさん獲れる日が来たらいいな」という願いだけでは、現実を変えるのは難しいかもしれません。けれど、小さな選択の積み重ねが、未来に美味しい魚を手に入れる鍵になることも確かです。
だからこそ、美味しくありがたくサンマを味わうそのひとときに、海の恩恵、漁師さんの努力、そして食卓を囲む喜びに思いを馳せたいものです。
この秋、またサンマと出会えたなら、少し特別な気持ちで頂いてみてはいかがでしょうか。