タイトル：世帯年収1200万円でも苦しい現代子育ての実情——「自転車操業」と語る母親のリアル
世帯年収が1,200万円というと、多くの人が「十分な高収入」「余裕のある暮らし」と想像するかもしれません。しかし、現代の都市部に暮らす子育て世代の中には、その額でも「自転車操業のようだ」と日々の生活に余裕を感じられない家庭が確かに存在します。2024年6月、Yahoo!ニュースに掲載された「世帯年収1200万円 自転車操業と母」という記事は、そんな現代家庭のリアルな声を掘り下げ、多くの共働き家庭が抱える葛藤や課題を浮き彫りにしています。
今回はこの記事の内容を軸に、なぜ高収入とされる世帯でも経済的な不安を抱えることがあるのか、そしてそれによってどんな社会や家族の課題が見えてくるのかについて考えていきたいと思います。
■ 高収入＝豊かな生活ではない現代のリアル
東京都内に住む40代の女性、「母」として登場する彼女は、共働きで世帯年収が約1,200万円。ご主人は外資系企業に勤め、彼女自身も一般企業の正社員としてフルタイムで働いています。金額だけ見れば、国民の上位10％に入るような「高収入世帯」に分類されるでしょう。
しかし記事内でその女性は、「自転車操業みたいな感じです」と現在の家計状況を表現します。毎月の収入は確かに安定しているものの、そこから即座に生活費や教育費、ローン返済などで消えていき、手元にあまり残らない。毎月の家計はギリギリで、何か突発的な出費があると簡単に赤字になるといいます。
この話を読んで、「贅沢し過ぎなんじゃないか」と感じる人もいるかもしれません。しかし、詳しく見てみると、そこにあるのは「必要最低限」以上でも「過剰な贅沢」以下の、比較的“標準的な都市型生活”です。
■生活費の内訳から見える都市部の厳しさ
家計の負担として最も大きいのが住宅費です。東京都内のある程度便利な立地に住もうとすれば、住宅ローンの額は非常に大きくなります。記事中の家族は、約5,000万円の物件を購入し、月々のローン返済に15万円以上を支払っています。
加えて、子どもが複数いる場合には保育園の費用や習い事代、将来への教育資金の積み立てなどが加わります。都心部では待機児童問題も深刻で、やむなく高額な認可外保育施設を利用するケースや、民間の送迎サービスなどに頼らざるを得ないことも多いのです。
さらに物価の上昇もこの家庭に響いています。光熱費や食品価格の上昇はもちろん、子どもたちの衣類や学用品にもすぐにお金がかかるようになっているといいます。たとえ十分な年収を得ていても、「一家庭としての出費」が多岐にわたっており、“余裕ある設計”にはなかなか結びつかないのが現状です。
■見落とされがちな「時間と心の余裕」
また、彼女の言う「自転車操業」には、単なる金銭的な意味だけではなく、精神的・時間的な側面も含まれているようです。
共働きという選択肢は経済的にはプラスでも、両親がフルタイムで働くということは、どうしても子どもたちとの時間や家庭内の気持ちの余裕を圧迫することになります。例えば、子どもの送迎をどちらが担当するか、体調不良で仕事を急に休まなければならないといった状況には、企業側の理解も不可欠です。しかし、現実にはそうした支援が十分でない場面も多く、家庭内の負担は特に母親に集中しがちです。
彼女は「この生活のどこに贅沢があるのか」と自身に問いかけます。この言葉には、単に収支の問題だけでない、心の叫びのような切実さがにじんでいました。
■「贅沢」「甘え」と片付けられない現在の課題
世帯年収1,200万円と聞いて、「それは余裕のある暮らしでしょ」と一括りにしてしまうことは、問題の本質から目をそらすことに繋がります。
もちろん、もっと厳しい状況に置かれたご家庭もあり、一方でより高収入でより大きな生活をしている家庭もありますが、多くの人々が口を閉ざしてきた「見えにくい中間層の苦悩」をしっかりと把握することは、今後の社会政策や福祉制度、あるいは企業の働き方改革を進めていくうえで極めて重要です。
住宅ローンや教育費といった「生きていくうえで避けられない支出」が高まる中、従来の「高収入であれば問題ない」という通念が現代にそぐわなくなってきているのです。
■社会全体で子育て家庭を支援するために
今回の記事は、単一の家庭の話ではありますが、その背景には共通する不安やジレンマを抱える多くの家庭の姿があります。収入がどれほどあっても、それに見合う支出がある家庭では苦しみは生まれますし、それは贅沢や無計画による問題ではありません。
今後、社会が目指すべきは、「すべての家庭が安心して子育てできる仕組み」の整備です。住宅取得支援や教育費軽減、働く親向けの柔軟な労働環境の整備など、多方面でのアプローチが求められます。
加えて、メディアや私たち一人ひとりが「家庭の事情は一様ではない」という視点を持ち、簡単に「贅沢」「大変さを分かっていない」といったラべリングをしないことも大切です。誰かの努力や苦労を「年収額」だけで評価するのではなく、その背景や日常の葛藤に目を向け、共感や助け合いの精神を持つ社会づくりに繋げていくことこそが、これからの日本で求められる姿勢ではないでしょうか。
■おわりに
「自転車操業のようだ」という言葉に込められた母親の想いは、収入の多寡では語りきれない現代社会の課題を端的に表しています。年収1,200万円があっても、それでも不安を感じながら日々を懸命に生きる家庭があること。そのリアルな声に耳を傾け、制度としても意識としても「子育てを支える社会の共感」が今ほど求められている時代はないのかもしれません。
この母親の声が、多くの共働き家庭、働く親、将来の子育て世代にとっての道しるべとなり、いずれ「安心して暮らせる社会の実現」へと繋がっていくことを願っています。
