2024年5月24日、日本政府は、南海トラフ巨大地震による想定死者数を大幅に減らす取り組みとして、新たな防災基本計画を閣議決定しました。震源域全体で連動して発生する「最大クラス」の地震が発生した場合でも、従来の被害想定に比べ、死者数を約8割減らし、2万7000人程度に抑えることを目指すとしています。この新たな目標は、政府が初めて数値目標として掲げたものであり、今後の防災対策の道筋を具体的に示すものとなります。
南海トラフ地震とは?
南海トラフ地震とは、駿河湾から紀伊半島沖、四国を経て九州・日向灘に至る約700kmのプレート境界で発生するとされる大規模な海溝型地震です。歴史的にも、100年から150年の間隔で繰り返し発生しており、過去の東南海地震(1944年)、南海地震(1946年)などの前例があります。次に同規模の地震が発生すれば、東海地方から九州にかけて広範囲にわたり甚大な被害が生じるとされ、かねてより国や自治体、企業、住民にとって最重要課題の一つとなっていました。
防災基本計画の核心は「事前避難」にあり
政府が今回の計画で最も力を入れているのが「事前避難」の徹底です。特に、津波による被害が大きく予測される地域では、地震直後では間に合わない可能性もあることから、警戒が発表された段階で速やかに避難が行われるよう、仕組みづくりが重要視されています。
南海トラフ巨大地震の想定では、最悪のケースで死者数が32万人にのぼるという衝撃的な予測がかつて発表されましたが、今回掲げられた数値目標は「最大でも2万7000人以内に抑える」というものです。これは、予測される津波や火災による被害を含めても、多くの人々の命を守ることが可能であるという前向きなメッセージとも取れます。その鍵を握るのが事前避難であり、計画的な避難手順の整備と住民への周知が大きな課題となりそうです。
連携と情報共有の強化
計画の中で明言されているもう一つの重要な要素が、自治体間および国と地方の徹底した情報共有と連携です。南海トラフ地震の特性上、二次災害や長期間にわたる影響が懸念され、それに対処するには行政の垣根を越えた協力が不可欠です。防災計画では、災害が発生する前の段階から、広域避難計画の策定や、助け合いの体制づくりを進めるよう求めています。
また、県境をまたぐ避難や、広域医療搬送のシステム確立など、今まで以上に広域的な視点からの対応が盛り込まれているのも特徴です。消防、警察、自衛隊など、災害時に機能する各機関との連携も改めて見直され、情報伝達手段の多重性(無線、衛星通信、インターネットなど)についても強化が進められるとしています。
住宅の耐震性と地域のインフラ整備
地震による建物倒壊もまた、大きな死者数の要因の一つです。今回の防災計画では、木造住宅を中心に耐震診断および耐震改修の推進が明記されました。特に昭和56年以前の旧耐震基準で建てられた住宅が今も全国に多く残っており、これらの建物に対する具体的な補助制度の充実や、住民への意識向上が今後のカギを握ります。
さらに、避難所となる学校や病院、福祉施設など公共建築物の耐震化の加速、津波避難ビルの整備、水道・電気・ガスといったライフラインの迅速な復旧支援も強化される見込みです。地域のインフラ整備と並行した啓発活動によって、多くの命を守ることが期待されています。
企業と学校の防災への取り組みも重要に
政府の防災計画は行政だけでなく、企業や学校という身近な社会ユニットへの対応にも重きを置いています。企業における業務継続計画(BCP:Business Continuity Plan)の策定と訓練を推奨し、従業員の命だけでなく経済活動の停滞を極力抑える取り組みが求められています。
また、学校では児童生徒の安全確保はもちろん、子どもたちが家庭や地域に防災意識を持ち帰る役割も期待されています。自宅からの避難経路の確認、学校での地震・津波訓練の実施、保護者との連携計画づくりなど、学校単位でできる取り組みも多様です。
住民一人ひとりの備えが必要
新たな防災基本計画が示した8割減という目標は、決して絵に描いた餅ではありません。しかし、それを実現するためには、国や自治体だけでなく、私たち一人ひとりが「自分の命を守る」という自助意識を高め、それぞれの立場でできる備えをしておく必要があります。
具体的には、自宅の耐震診断を受ける、家具の転倒防止対策を講じる、避難場所の確認をしておく、非常持ち出し袋をいつでも使えるよう準備しておくなど、多くのアクションが考えられます。また、高齢者や障害者といった、災害時に支援が必要な方へのサポート体制の整備にも、地域住民の協力が不可欠です。
日本列島に住む限り、地震のリスクと完全に縁を切ることはできません。しかし、科学技術の進歩や行政の支援、地域での助け合いによって、命を守る可能性は飛躍的に高めることができます。今回示された「死者数を8割減らす」という明確な数値目標は、私たち一人ひとりに防災の重要性を再認識させ、今こそ行動を起こすときだというサインです。
日常の小さな積み重ねが、大きな被害を防ぐ
災害はいつ起きるかわかりません。しかし、「いつか起きるかもしれない」災害に対して、備えておくことは可能です。今、私たちにできることは何か。その答えは、意外にシンプルなのかもしれません。
地域の防災訓練に参加する、家族で避難計画を立てる、ご近所とのつながりを持っておく。このような小さな積み重ねが、いずれ来るかもしれない危機のときに、大きな力となり、命を守る盾となってくれるのです。
「備えあれば憂いなし」という言葉のように、この新たな防災基本計画が多くの人々の意識に変化をもたらし、共に支え合う社会の実現につながることを願って止みません。政府の大胆な目標が、私たちの生活にリアルな変化として反映されるよう、これからの一歩一歩が重要になります。