近年、社会全体で注目されている「カスタマーハラスメント(カスハラ)」問題に関して、大きな一歩となる事例が報じられました。2024年6月13日、静岡県三島市が市職員に対する土下座の強要行為を「カスハラ」として正式に認定したことが明らかになり、公的機関がこうした事態に対してどのように対応すべきかを考える上で、大きな示唆を与える出来事となっています。
この記事では、この三島市の判断の背景や社会的意義、そして私たち一人一人がカスタマーハラスメント問題にどう向き合うべきかを深掘りし、共に考えていきたいと思います。
三島市が初めて認定した「カスハラ」事案とは?
今回、三島市がカスタマーハラスメントと認定したのは、2023年に市民から市職員に対して起きたある出来事です。ある市民が市の担当職員に対応を求めた際、そのやり取りの中で市職員に対して土下座を強要しました。市側はこの行為を威圧的・過度な要求とみなし、2024年6月、正式に「カスハラ案件」として認定しました。
この事案では、担当職員が冷静に対応にあたったにもかかわらず、相手方から侮辱的な言葉を浴びせられた上、「職員が誤解を招いたのだから、土下座して謝るべきだ」と要求されたと報じられています。土下座は日本社会において非常に強い意味を持つ行為であり、相手を精神的に追い詰める圧力手段として使われることも少なくありません。
こうした背景を踏まえ、市は職員の人権と職場の安心・安全を守る立場から、この案件をカスタマーハラスメントと認定。職員を守る姿勢を明確にしました。
カスハラとは何か?
「カスタマーハラスメント(カスハラ)」とは、サービス提供側のスタッフに対して、顧客や利用者が不適切な言動、過度な要求、人格否定的な発言、あるいは暴力行為などを行う行為を指します。近年、飲食業をはじめ、教育や医療、行政など様々な業種でこうしたハラスメント行為が問題視されています。
これまでも、民間企業ではカスハラ対策のガイドラインを整備したり、法的措置を検討する動きが見られましたが、今回のように地方自治体、つまり公共サービスを担う機関が初めてその立場を明確に示したことは、非常に大きな意義を持ちます。
なぜこの認定が社会的に重要なのか?
今回の三島市の対応が注目される最大の理由は、公的機関が明確に「市職員も守られるべき存在である」という姿勢を示したことにあります。
公務員という立場上、市民の要求や意見には常に耳を傾ける義務がある一方で、何を言われても受け入れなければならない存在ではありません。サービス提供の現場では、時に激しい口調のクレームや理不尽な要求に晒されることもあり、それにより精神的に疲弊した職員が休職や離職に至るケースも少なくありません。
そのような中で、今回の「土下座強要」がカスハラと見なされたことは、公務員もひとりの「働く人」であり、尊厳と権利が守られるべき存在であるという視点を再確認させてくれます。
「お客様は神様です」文化からの脱却
日本では長らく「お客様は神様です」という考え方が根付いており、顧客第一主義が美徳とされてきました。この文化そのものは、サービス品質の向上という面では一定の成果を上げたとも言えます。
しかし、その裏で「顧客だから何を言ってもいい」「自分が正義だ」と過度に自己主張する風潮が一部で見られるようになり、それが従業員や職員の安全・人権を脅かす原因ともなってきました。
カスハラが社会問題として認識されるようになった背景には、こうしたバランスの崩れがあります。今回の三島市の認定は、サービスを受ける側にも「適切な接し方」が求められていることを強く伝える一石となることでしょう。
市民サービスと相互の敬意
今後、公務員や職員を守る動きが各自治体に広がる可能性は高いですが、それと同時に、市民と行政のコミュニケーションのあり方についても見直しが求められています。
サービス提供は一方通行ではありません。受ける側も「人」として接することの大切さを意識することで、その関係はより良好なものになります。要望や苦情を伝える際にも、「冷静に」「建設的に」伝える努力を互いに持つことで、多くのトラブルは未然に防ぐことができるでしょう。
また、今回のようなケースを見て、「自分はそこまでひどいことはしていない」と思う人もいるかもしれませんが、意図せずに相手を追いつめてしまうこともあります。時には言葉のチョイスや表情ひとつで、相手に圧力を与えてしまう場合もあるため、少し立ち止まって相手の立場を考えることが大切です。
カスハラ対策の今後と私たちにできること
厚生労働省も2020年にカスタマーハラスメント対策マニュアルを策定し、民間企業に対してガイドラインの整備を推奨しています。今後は公的機関や教育現場などでも、より具体的な対応策や研修制度の整備が求められるでしょう。
また、一般市民として私たちができる一歩は、まずこの問題を「他人事ではない」と認識することです。お店や役所の窓口など、不満や戸惑いを感じる場面は誰にでも訪れるものです。しかしその時、意見を伝える手段が人格否定や精神的威圧になっていないか、考える習慣を持つことが、社会全体の風土を変えていく第一歩になるでしょう。
三島市の今回の決断は、単なる一自治体の判断にとどまらず、全国の自治体や企業、そして私たち一人一人に「今、考えるべき課題」を投げかけています。
まとめ:互いにリスペクトされる社会へ
人と人が関わる限り、感情のすれ違いは避け難いものです。しかし、それをどのように乗り越えるかが成熟した社会の鍵となります。カスタマーハラスメントの問題は、単にクレーマー対策という枠を超え、私たちすべての「対人関係の在り方」を問うものであるとも言えるでしょう。
今回の三島市のカスハラ認定は、新たな価値観の定着に向けた一歩です。もっとお互いを尊重しながらコミュニケーションをとる社会を築いていくために、私たち一人一人が「言葉」と「態度」に責任を持ち、他人の尊厳を守る意識を育むことが大切です。
これからの社会が、働きやすく、安心してサービスを受けられる環境へと進化していくために、こうした取り組みが広まり、根付いていくことを期待したいと思います。