母が妊娠中に被爆――秘められた過去を知った娘の涙
彼女がそのことを知ったのは、母が亡くなった後のことでした。自宅で見つけた一通の手紙。中にはこれまで知らされることのなかった家族の歴史と母の苦悩が綴られていたのです。手紙を読むうちに、彼女の頬には自然と涙が流れていました。そして歩んできた人生、そしてこれからの未来に思いを馳せるきっかけとなりました。この記事では、戦争と原爆という歴史的事実が、世代を超えて今もなお人々の心に深い影を落とす現実について、ある親子の物語を通して考えてみたいと思います。
■ 広島に生きた母の秘密
広島の被爆者数は約14万人。その一人一人に人生があり、それぞれの物語があります。公開された記事によると、今回の主人公である女性の母は、被爆時に妊娠中であったことを生前語ることはありませんでした。当時の映像や記録には映らない、彼女が背負っていた重みは想像に余りあります。
原爆が落とされた1945年8月6日、広島市は一瞬にして壊滅状態となりました。街も人々の暮らしも多くが失われたその日、彼女の母親は命をつないで子どもを産む決意をしました。放射線の影響は未解明の部分も多く、妊娠中の被爆によって将来の子どもの健康や成長にどのような影響があるのか、当時はほとんど情報がなかったと言います。
世間の無理解や偏見の中で、彼女の母はその事実を語らずに耐え、生き抜きました。そして静かに亡くなるまで、その苦しみを一人で抱え続けていたのです。
■ 手紙が語る心の葛藤と愛情
彼女が母の被爆体験を知ったのは、遺品の整理をしていたときのこと。小さな箱の中に、見覚えのない封筒がありました。開封すると、そこには母の直筆の手紙が一通入っていました。
手紙には、当時の混乱と恐怖、放射線被害への不安、そして生まれてくる子どもへの想いが切々と綴られていました。「生まれたあなたが無事に育ってくれて、本当に何よりだった」「誰にも言えなかった。でも、ずっとあなたの健康が心配だった」。そうした言葉の一つ一つから、母の深い愛情が溢れ出ていました。それと同時に、原爆という非情な現実がいかに人々の心に深い傷を残すかを痛感させられました。
■ 遺された家族が感じたこと
この女性は、手紙を読み終えた後、涙を流しながらこう語ったといいます。「母がこんなにも不安を抱えながら私を育ててくれていたとは思いもしませんでした。もっと早く話を聞いてあげられていたら、何か少しでも心の重荷を取り除いてあげられていたかもしれない」。
現在では、被爆者であることを公表する人も少なくありませんが、一世代、二世代前の多くの被爆者の中には、偏見や差別を恐れて沈黙を貫いた人も少なくありません。家庭内でもその事実が語られないまま代を重ねたケースもありました。
この女性もまた、被曝二世として生まれたことをこのようなかたちで初めて知りました。そして、自分の心身に何か影響があったと感じたことはなかったけれど、それでも自分の命が「奇跡のようなもの」であると深く感じるようになったそうです。
■ 増えつつある「語り継ぐ決意」
原爆投下から79年が経とうとしている今、多くの当事者が高齢となり、こうした個々の体験を知ることがますます難しくなっています。その中で、新たな動きとして注目されているのが、当事者の子どもや孫たちによる証言や記録の継承です。
「母の代わりに、私がこの事実を伝えていきたい」――そう語る彼女の言葉は、多くの人の心に響くものでしょう。歴史の教科書では学びきれない、”人と人との痛み”や”生き抜く強さ”は、こうした個人の物語からこそ伝わってくるのです。
被爆体験を風化させないためには、ただ毎年8月6日を迎えて黙祷するだけでなく、一人一人がこうした物語に触れ、想像力を働かせることが重要です。事実を知り、思いを受け取り、自分の中で次の世代へ語り継いでいく意志を持つことが、真の「平和への歩み」と言えるでしょう。
■ 今、私たちにできること
この物語を読み、母の人生と生き抜いた勇気に想いを馳せることで、私たちが受け取ったバトンの重さを改めて噛みしめる必要があります。
生と死、過去と未来を繋ぐこのような話には、人としての深い教訓が詰まっています。戦争や災害は誰の身にも起こり得ることであり、それにどう向き合って生きていくかが、私たち一人ひとりに問われているのです。
今後も、被爆者ユースチームや平和学習など、多様な取り組みが行われていますが、こうした実体験に基づく物語から少しでも心を動かされることが、平和への第一歩ではないでしょうか。
彼女のように、誰かの過去を知り、自ら伝え手になっていく人が一人でも多く現れること。そして私たちも、その声に耳を傾けられる社会であることを、心から願ってやみません。
— 完 —
