2024年7月9日、アメリカ・ワシントンで開催中のNATO(北大西洋条約機構)首脳会議において、加盟国が防衛費の新たな目標として「GDPの5%を目指す」とする方針を採択したことが報じられました。これは、これまでの「GDP比2%」という従来の目安を大幅に上回るものであり、今後の国際安全保障や各国の財政政策に大きな影響を与える可能性があります。本記事では、この防衛費目標の背景、意義、そして今後の展開について詳しく解説します。
防衛費5%目標の背景
NATOは、1949年に西側諸国の集団安全保障を目的として設立された軍事同盟です。冷戦後、一時は欧州を中心に防衛費の削減が進められた時期もありましたが、近年の地政学的対立の激化により、安全保障環境は大きく変化しています。
特に2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻は、欧米諸国にとって重大な転換点となりました。これにより、NATO加盟国はロシアの軍事的脅威への対応として、防衛力の強化の必要性を再認識することとなりました。
また、中国など新興勢力の軍事的台頭や、宇宙・サイバー・AIといった新領域での安全保障課題が顕在化しており、従来の防衛予算では対応が難しくなってきています。今回の「GDP比5%」という目標は、こうした複雑化する安全保障課題への事実上の備えとして打ち出されたものといえるでしょう。
これまでの防衛費基準との違い
NATOは2014年の首脳会議で、加盟国に対して「国防費を国内総生産(GDP)の2%以上にする」ことを推奨目標として採択しました。しかし、実際にはこの目標を達成している国は限られており、2023年時点ではわずか11か国に留まっていました。例として、米国、英国、ポーランドなどが達成国として知られ、フランスやドイツ、日本などの国々は徐々に引き上げている途中です。
今回の「5%目標」は、その従来の倍以上という極めて高いハードルであり、各国政府にとっては予算編成の面でも非常に大きな負担となる可能性があります。とはいえ、NATO内では「国際的秩序を守るためには不可避の措置」という認識が広がっているようです。
なぜ今、「5%」が打ち出されたのか
今回の目標が採択された時期にも注目が集まっています。アメリカでは2024年11月の大統領選挙を控え、今後の対外政策がどうなるかが不透明な中、NATOとしては早期に一定の安全保障体制を固めたいという思惑があります。
また、EU内でも「防衛の欧州化」や「戦略的自律性(Strategic Autonomy)」の議論が進んでいることから、NATO加盟国が足並みを揃える必要があります。このため、5%という高い目標を掲げることで、「安全保障はもはや後回しにできる政策ではない」という強い意志を国際社会に示す狙いがあったといえるでしょう。
加盟国にとっての課題:財政と国民の理解
当然ながら、GDP比5%という目標は加盟国にとって非常に大きなプレッシャーです。例えば、各国の福祉、教育、インフラ分野などの政府支出とのバランスが問われます。国によっては防衛費の増加が他の分野への支出減につながり、国民生活に影響を及ぼす可能性も否定できません。
このため、政治家や政策担当者は、国民に対してなぜ防衛費が必要なのか、その使途は明確なのかといった説明責任を果たすことが求められています。また、防衛力強化の中で、透明性や監視体制を適切に構築することが信頼醸成には不可欠です。
日本にとっての影響
日本はNATO非加盟国でありながら、防衛や安全保障の側面で連携を強化しており、近年は「NATOアジアパートナー」などとも呼ばれるようになってきています。岸田政権は2022年に、防衛費を5年間で大幅に増やし、2027年までにGDP比2%を目指す方針を打ち出しました。今回のNATOの動きは、直接的な義務ではないものの、間接的に大きな影響を及ぼす可能性があります。
今後、アジア太平洋地域における安全保障環境がさらに複雑化する中で、日本としてもどのように防衛力を整備し、国民理解と財政健全性とのバランスをとっていくのかは、大きな政策課題となるでしょう。
防衛協力の深化と国際連携の重要性
NATOの防衛費目標引き上げと並行して、軍事同盟による協力関係の深化も進んでいます。災害支援、人道支援、サイバーセキュリティなどの非伝統的な安全保障領域においても協調が必要とされており、防衛費は必ずしも「戦争のための支出」ではないという意識が広がっています。
たとえば、ウクライナへの支援においても、防衛だけでなく、再建支援や難民支援、サイバー領域での援助など、防衛支出は多岐にわたっています。こうした取り組みは、国際連携の柱となると同時に、安全保障の多様化と実効性を確保する上で極めて重要な要素です。
結びに:安全保障は“共同責任”の時代に
今回のNATOによる5%目標の採択は、単に予算の引き上げを意味するだけでなく、国際社会全体が直面する安全保障上の課題に対する姿勢を示す象徴的な動きだといえます。1国単独ではなく、地域・国際的な連携を通じて平和と安定を守るという「共同責任」の時代に入った今、各国政府や市民が安全保障を“自分事”として捉えることが求められています。
防衛費の増加は一見すると負担に映るかもしれませんが、その支出がもたらす安全、安心、国際的影響力という「見えにくい恩恵」も忘れてはなりません。今後の議論は、単なる数字の上げ下げではなく、「どのような理念と目的のもとで防衛費を使うのか」という本質的な問いに向き合う必要があるでしょう。
NATOの決定を一つの契機として、各国が持続可能で透明性のある安全保障政策を構築し、市民の信頼と理解を得ながら共に未来を描いていくことが、今後ますます重要になると考えられます。