2024年に入り、百日ぜきの患者数が急増していることが報道されました。厚生労働省の最新発表によると、今年に入ってから全国で報告された百日ぜきの患者数は3万人を超え、これは昨年同時期に比べて実に約8倍弱となる数です。かつてはワクチンによって大幅に抑えられていたこの感染症が、なぜ今になって再び拡大しているのでしょうか。この記事では、百日ぜきの基本的な知識に加え、現在の流行状況や予防法、そして私たちが日常でできる対策について詳しく解説していきます。
■ 百日ぜきとは?その特徴と症状
百日ぜき(別名:百日咳、英語名:Whooping Cough)は、「ボルデテラ・パータスシス(Bordetella pertussis)」という細菌によって引き起こされる呼吸器感染症です。主に乳幼児や子どもがかかる病気として知られていますが、成人の発症例も少なくありません。特にワクチンの効果が薄れてきた年代においては、再感染するケースも報告されています。
この病気の最大の特徴は、名前の通り「咳」が長期にわたって続くことです。初期は風邪に似た症状ですが、数日から1週間ほど経過すると激しい咳に移行します。咳き込むと「ヒューッ」という吸気音が加わるのが特徴的で、小児では特にこの音が顕著です。発作的な咳は数週間、時には数カ月も続くため、患者本人はもちろん、家族の生活にも大きな影響を及ぼします。
■ 2024年の感染拡大の背景
なぜ今、これほどまでに百日ぜきの患者が増えているのでしょうか。その要因として、専門家は以下のような点を指摘しています。
1. ワクチン接種率の低下
日本では定期予防接種の一つとして「四種混合ワクチン(DPT-IPV:ジフテリア、百日せき、破傷風、不活化ポリオ)」が用いられています。このワクチンのおかげで、かつては患者数は大幅に減少していました。しかしコロナ禍をきっかけに、予防接種を受けるタイミングが遅れたり、医療機関への受診を避ける傾向が増えたことで、一定数の子どもたちが免疫のない状態で成長してしまった可能性があります。
2. 免疫の持続効果の限界
百日ぜきワクチンの免疫効果は、永久的に続くわけではありません。一般的には5〜10年くらいで効果が薄れてくると言われています。つまり幼少期に予防接種を完了していたとしても、思春期や成人になると再び感染のリスクが高まります。実際、今回の流行では10代後半から20代の若年層の感染報告も相次いでおり、免疫の低下が関与していると考えられています。
3. 行動制限の緩和と人流の増加
新型コロナウイルスにより、2020年から約3年間にわたって続いた行動制限やマスク着用・アルコール消毒の習慣が、感染症全体の流行を防ぐ一定の効果を持っていました。しかし、2023年以降はその制限も緩和され、人々の移動が再び活発になっています。その結果、従来あまり流行していなかった感染症が再び表面化し、百日ぜきのような病気が流行する下地ができあがってしまったのです。
■ 重症化しやすいのは誰? 特に注意すべき年代
特に気を付けたいのは、まだワクチン接種が完了していない乳児、または免疫力が低下している高齢者です。乳児の場合、百日ぜきによる合併症で肺炎や痙攣、脳症などに至るケースがあります。また、咳によって呼吸困難に陥ることもあり、最悪の場合は命に関わることもあるとされています。事実、過去には乳児の死亡例も報告されています。
そのため、乳児の家族がワクチンを接種して家族内感染を防ぐ「コクーン戦略(Cocooning)」という考え方が注目されています。これは、乳児の周囲の大人が予防接種を受けることで、間接的に感染から乳児を守ろうというアプローチです。
■ 私たちにできる予防と対策
百日ぜきの拡大を防ぐためには、個人の意識と予防行動が欠かせません。以下に、今日からできる対策をいくつかご紹介します。
1. 定期的な予防接種の確認
まず大切なのは、予防接種のスケジュールを見直すことです。子どもがいる家庭では、定期接種の進捗状況を必ず確認し、未接種のワクチンがあれば早めに受けるようにしましょう。また、大人でも任意での接種が可能です。例えば、医療従事者や保育士、教職員など、人と接する機会が多い職種においては、積極的な接種が勧められています。
2. 咳をしている人との距離を保つ
百日ぜきは、咳やくしゃみによる飛沫感染で広がります。公共交通機関や密閉空間では、なるべく咳をしている人と距離をとり、必要に応じてマスクを着用するのも効果的です。
3. 体調に異変を感じたら早めに受診
「ただの風邪」と思っても、百日ぜきだったというケースは少なくありません。特に咳が1週間以上続く場合は、医療機関を受診して診断を受けるようにしましょう。診断が早期に行われれば、抗菌薬による治療で症状を軽減できることもあります。
4. 感染拡大地域の情報をチェック
自治体や厚生労働省の発表する情報をもとに、地域の感染状況を把握しておくことも、感染リスクを減らすうえで重要です。特に乳幼児や高齢者のいる家庭では、人混みを避けるなどの配慮も必要です。
■ 最後に:広がる感染症への冷静な対応を
今回の百日ぜきの流行は、感染症に対する油断が再び私たちに警鐘を鳴らす出来事となりました。しかし、冷静に現状を受け止め、予防接種の重要性や日常生活での対策を見直せば、その多くは防ぐことが可能です。感染症は決して他人事ではなく、社会全体で取り組むべき課題です。
これから夏に向けて、人の移動がさらに活発になる時期を迎えます。今一度、家族や職場での感染症対策を見直し、健康で安心な生活を送ることができるよう、知識と行動で備えていきましょう。