「胸平らに見せる下着」──開発者の思いと、それがもたらす社会的意義
自分らしく生きるというのは、簡単なようでとても難しいことです。とくに、身体的な特徴が社会的な期待や見られ方とズレていると感じている人にとって、それは日常の中で大きなストレスとなり得ます。
2024年6月に報じられた「胸平らに見せる下着 開発者の思い」というYahoo!ニュースの記事では、身体への違和感やジェンダーギャップを感じる方々に向けた画期的な商品と、それを開発した一人の女性の深い思いが紹介されています。この記事では、その内容をあらためて振り返りながら、「胸を平らに見せる下着」の意義と、それが社会にもたらす可能性について考えてみたいと思います。
■自分らしい身体表現を臨む若者たちの声
開発されたのは「胸を平らに見せる下着」。もともとこの商品は、いわゆるトランスジェンダーの人たちだけでなく、「自分の身体の見え方に違和感がある」「性別で分類される既存の服装ではしっくりこない」という多くの個人の声から生まれたものでした。
記事には、学生時代から自分の胸が目立つことに強い違和感を覚えていたというある若者の体験談が紹介されています。その人は、「制服のブラウスのボタンが胸もとで浮いてしまうのが嫌だった」「体育の着替えなどで他人の視線を気にしてしまう」といった具体的なエピソードを語っています。決して特殊な事情ではなく、周囲にも同じような感覚を抱える友人が多かったとも述べています。
こうした声に丁寧に耳を傾けたのが、ブランド「nude project（ヌード プロジェクト）」の下着開発者・井上さくらさんでした。
■開発者、井上さくらさんの「共感」から生まれた製品
井上さん自身も思春期に胸が大きくなったことに違和感を覚えた経験を持ち、そうした個人的な体験が開発の原動力のひとつとなったそうです。彼女は、既存の下着やスポーツブラでは「締めつけが強すぎて息が苦しい」「長時間着るにはつらい」といった利用者の不満を受けて、より快適かつナチュラルに身体のラインを整える新しい下着の開発に取り組みました。
今回の下着は、適切な圧迫感と見た目のフラットさの両立を目指して作られています。また、通気性や伸縮性にも配慮がなされており、商品を必要とする人が日常生活で自然に着用できるようにデザインされています。
開発において特に印象的なのは、「声なき声を拾う」姿勢です。井上さんはSNSや聞き取りで、多くの若者たちの生の声を集め、その中から共通するニーズを導き出しました。商品が完成した現在でも、さらなる改良やサイズ展開の拡充に向けて意見を募っているとのこと。一方通行ではなく、常にユーザーと「双方向」で関係を築きながら進化し続ける姿が、多くの共感を呼んでいます。
■下着という日常の中にある「選べる自由」
私たちが毎日身につけている下着。これまでその選択は、主に「体を美しく見せる」ことや「性差に応じた機能性追求」を目的にしていたことが多かったのではないでしょうか。しかし、今回のように「自分らしく見せたい」「身体との違和感を軽減して過ごしたい」というニーズに応える下着が登場したことで、「下着のあり方」そのものが問い直されつつあります。
たとえば、胸の膨らみを目立たせたくない人にとって、従来のブラジャーや下着は「避ける」しか選択肢がない存在でしたが、こうした新たな下着製品が登場することで、「選べる」「自分に合ったものを探せる」という新しい道が開かれています。
特筆すべきは、こうした製品が「性別」にとらわれない視点で設計されている点です。つまり、男性でも女性でも、ノンバイナリーでも、誰でも自由に着られることが前提となっている。これは、性別に対する社会的先入観を和らげる第一歩にもなるでしょう。
■社会の多様性に、柔軟に応える姿勢
この商品が注目されている背景には、社会の中でジェンダーに関する理解が少しずつ進んできたことも挙げられます。数年前にはあまり語られることのなかった「胸の見え方に対する違和感」が、今では一部のメディアや教育現場でも取り上げられるようになりつつあります。
しかし、まだまだ発信しづらい空気感や誤解が残っているのも事実です。こうした状況の中、「理解し合う」ことよりも、まず「選べる」環境を整えることが大切だと井上さんは言います。「全員が全員を理解するのは難しいけれど、選択肢があることで孤立感を減らすことはできる」と彼女は語っています。
下着という身近なアイテムに「自分らしさ」「違和感からの自由」という価値を組み込んだnude projectの取り組みは、単なるアパレル開発にとどまらず、社会の多様性への柔軟な応答でもあります。
■自分の選択が、誰かの勇気になる
自分らしい選択をすることは、時に勇気が求められます。周囲と違うことに不安を感じることもあるでしょう。ですが、自分自身を肯定できる何かを身につけること、そのための選択肢がそろっていることは、わたしたち一人一人の毎日をきっと前向きなものにしてくれます。
「胸を平らに見せる下着」という新しい選択肢が、今その一歩となってたくさんの人の背中を押しています。もしかしたら、今日それを知ったあなた自身も、自分のことをあらためて見つめ直し、誰かの気持ちに寄り添うきっかけを得たかもしれません。
自分と違う価値観や身体感覚に出会ったとき、それを否定せずに「そういう人もいるんだ」と受け止めること。そんな小さな積み重ねが、多様性を支える社会へとつながっていくのではないでしょうか。
そして、今日紹介した「胸を平らに見せる下着」が、日々の生活の中で誰かの小さな安心感になっていること。それはまさに、共につくる優しい未来のひとつの証のように感じられます。
