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恩師への永遠の恩返し──人生をかけて届けられた教え子の寄付

ある教え子の純粋な想い──「私が死んだら」寄付に託した恩師への感謝

人生の中で、私たちはさまざまな人と出会い、影響を受けながら成長していきます。中でも、学生時代に出会った教師の存在は、その後の人生に大きな影響を与えることがあります。今回ご紹介するのは、ある一人の教え子が亡き恩師に対して抱き続けた感謝の気持ちを、長年にわたって大切に温め続け、最期にはその想いを「寄付」という形に託した感動のエピソードです。

■ 長年にわたる「感謝の想い」

記事の主人公は、神戸市に住んでいた元高校教諭・竹内進さん(享年90歳)。2022年6月に亡くなった竹内さんの元に、三重県伊勢市に住んでいた教え子・谷口さよ子さん(享年82歳)から、生前遺言として一通の手紙と共に多額の現金が寄せられました。遺言にはこう書かれていました。

「私が死んだら、先生の志を継ぐ活動に使ってください」

手紙とともに遺された現金は、驚くほどの額──2,022万円。その全額が、竹内さんが理事長を務めていたNPO法人「CoCoねっと南あわじ」へ寄付されました。

この寄付は、「多発性骨髄腫」によって2023年12月に亡くなったさよ子さんが、生涯を通して抱き続けていた恩師への深い感謝と信頼の証でした。そしてそれは、「ただの寄付」ではなく、人生の最期まで守り通した「恩返しの形」だったと言えるでしょう。

■ 教師と教え子、それぞれの人生がつながった一瞬

竹内さんと谷口さんの出会いは、60年以上前に遡ります。当時、三重県内の高校で英語教諭として勤務していた竹内さんに、10代のさよ子さんは教えを受けました。飛び抜けて成績が良かったわけではなかったものの、自主性と意志を重んじる竹内さんは、当時まだ未成熟だった女子生徒たちにも、自立の大切さを伝え続けたそうです。

谷口さんにとって、竹内さんとの出会いは、まさに「人生の基盤をつくる原点」。大学進学や自立を諦めそうになった時にも、竹内さんの言葉が力となり、最終的には社会福祉士として働く道を選ぶことになります。

長年、福祉の現場でひたむきに働いてきた谷口さん。自らが働く中でも「多様な人の価値」を信じ、人々に向き合い続ける姿勢は、恩師の教えをなぞっているようでもありました。その人生哲学が80歳を越えた今でも揺るがなかったということは、彼女の中で、いかに竹内さんの教えが強く根付いていたかを物語っているのではないでしょうか。

■ NPO活動に託された志

竹内さんは定年退職後、兵庫県南あわじ市で「CoCoねっと南あわじ」を立ち上げました。これは、介護や子育て、障害者支援といった社会課題に対して、地域の中で共に支え合い、解決を目指すNPO法人です。

高齢化が進む地域社会において、行政だけでは対応しきれない課題も多く、地域住民一人一人の力を活かし、共に支える仕組みの必要性を感じていた竹内さんは、生涯現役としてNPOの運営に携わり続けました。

そんな活動を、教え子である谷口さんは静かに、しかし確実に見守っていたのでしょう。自身も福祉の現場に携わる者として共感し、支援の輪を広げていく竹内さんの仕事を心から尊敬し、自分の最期の意思としてその活動に寄付をすることを決断したのです。

寄付された資金は、同NPO法人が行う障害者支援プロジェクトや高齢者の居場所づくり、また若い世代への地域活動への参加を促す取り組みに使われています。ただのお金ではなく、人と人をつなぐ「想いの橋渡し」として生き続けているのです。

■ 与え続けた教師、受け取り続けた教え子

この話の中でもうひとつ注目すべき点は、「教師と教え子」という関係の枠を超えた、人としての深い信頼関係です。

長い年月が経っても、谷口さんは恩師である竹内さんへの感謝を忘れることはありませんでした。そしてその想いを静かに、そして崇高な形で表現しました。人生の集大成として、寄付にすべてを託す──それは、ただの金銭的支援ではなく、「人間として、あなたに育てられたからこそ歩めた人生への返礼」だったのではないでしょうか。

一方で竹内さんも、教え子との想い出を大切にし、教員として培った人とのつながりを、地域や社会に還元する形で生涯を全うされました。彼が遺したNPO法人の理念や活動は、今後も地域に根付き、感謝の想いとともに受け継がれていくことでしょう。

■ 教育とは「未来に投資」すること

竹内さんと谷口さんの物語は、現代社会に生きる私たちに多くの示唆を与えてくれます。

教師という存在は、時に一方通行に感じられることもあるかもしれません。しかし、そのひとつひとつの言葉や行動が、教え子の人生を形づくる大きな力となることがあるのです。そして、その影響は単に知識を与えることにとどまらず、「人間としての根幹」にまで根ざし、生涯を通じて支えとなります。

また、生徒側にとっては、教師から受けた影響をどう自分の中で昇華し、社会へ返していくかということも「学びの延長線上の問い」であるとも言えるでしょう。谷口さんは、自らの生涯と経験の全てを通じて、とても正直に、そして心からの「お返し」をしてくれました。

寄付という形で世の中に還元する行為は、誰もができるわけではありません。しかし、感謝の気持ちを持ち続けること、恩を忘れずにいること、そしてそれを行動として社会に還元する意思は、どんな形であれ私たちにもできるはずです。

■ おわりに:想いは形を変えて受け継がれる

「私が死んだら、先生の志のために使ってください」

この一節に込められた教え子の想いは、単なる一人の寄付者の言葉にとどまりません。そこには、生涯を通じて誰かを見つめ続けた感謝と尊敬、そして「自身の存在が決して一人だけの力ではなかった」という謙虚な心が詰まっています。

教え子が恩師の志を受け継ぐという形で最期の願いを示したその行為は、多くの人の心に静かな感動を与えました。人が人を想い、支え合い、そして未来へとバトンを渡していく──称賛や名誉があるわけではない、けれども確実に誰かの人生に光を灯すような関係が、ここにありました。

私たちもまた、こうした「誰かを大切に想い続ける心」を持ち続けたいものです。そして、受け取った愛や感謝、信頼といった見えない贈り物を、自分なりの形で社会に返していく──そうした日々の積み重ねこそが、より良い未来への一歩となることでしょう。