2024年、札幌市営地下鉄は開業から50周年を迎えました。その歴史の中で大きな特徴となっているのが「専用席」の存在です。全国的にも珍しい試みとして知られるこの「専用席」は、札幌地下鉄の独自性を色濃く示す象徴ともいえる制度です。この記事では、「札幌地下鉄の専用席」が誕生した背景、これまでの経緯、そして利用者の声や今後の在り方について紐解いていきます。
■ そもそも「専用席」とは?
「専用席」と聞くと、特定の人に限られた座席というイメージを持つ方も多いでしょう。札幌市営地下鉄においても、それは同じです。現在、「専用席」として指定されているのは、いわゆる「優先席」のさらに限定バージョンで、自動車運転免許証でいうと“最優先”の座席のような存在です。主に高齢者、障害のある方、妊産婦、乳幼児連れの方などが対象となっています。
ただし、全国他都市の地下鉄にも優先席は存在していますが、札幌では「専用席」と明確に書かれていること、またそのスタイルが一貫して50年間続けられてきたことに、地域の文化と公共交通の理念が息づいているのです。
■ 「専用席」誕生の背景
「専用席」が札幌市営地下鉄に登場したのは、1971年の開業時。当時からバリアフリーの視点を取り入れた先進的な設計が取り入れられていました。
その背景には、1972年に開催された札幌冬季オリンピックの影響があったと言われています。オリンピック開催に向け、国内外から多くの観光客や選手団が訪れることが予想され、高齢者や障害者、子ども連れの方など誰もが安心して公共交通を利用できるよう、大都市としての“おもてなし”の精神が求められました。
こうして、「誰もが使いやすい地下鉄をつくろう」という理念のもと、空間のバリアフリーのみならず、座席の使い方にもユニバーサルな視点が導入されたのです。札幌市はこの専用席について、「高齢者などが座ることを前提に、その必要がないときには他の人も使用できる」と説明しており、強制的ではなく思いやりをベースにした制度となっています。
■ デザインと配置の工夫
専用席と一般席との区別は、座面の色やポスター表示により明確にされています。札幌市営地下鉄では、専用席の座面に暖色系のカラーが採用されており、視覚的にも一目でわかるように配慮されています。また、専用席前の吊り広告やガラス面にはイラスト付きの案内があり、対象者がわかりやすくなるよう工夫されています。
多くの人にとって、電車の中の座席は単なる「休息の場」ではなく、「多様な人々が交錯する公共の空間」です。だからこそ、それを意識づけるためのビジュアルやメッセージが、「利用者の配慮と優しさ」を引き出す役割を果たしています。
■ 利用者の声に耳を傾けて
「専用席」が50年続いたのは、制度としての持続力だけでなく、市民の理解と協力に支えられてきたからです。札幌市交通局によると、専用席に関して寄せられる利用者の声の多くは好意的で、「妊婦時代に助かった」「高齢の母が安心して通院できた」など、感謝の言葉も少なくありません。
一方で、空席の専用席に若者が座っている様子を見て、「あれはマナー違反では?」と感じる方もいます。しかし、交通局は「専用席は絶対に譲らなければならない座席ではないが、必要とする人がいたら譲るという精神を大切にしてほしい」と繰り返し説明しています。
このような制度が成り立つのは、難しいルールよりも“心のマナー”に訴える設計だからこそです。利用者自らが「必要な人がいたら譲ろう」と思えるような社会的共感が、専用席の存在を50年にわたり支えてきました。
■ 多様なニーズへの柔軟な対応
時代とともに社会の構成も変わり、「困っている人」のかたちも多様になってきています。例えば、見た目では分からない内部障害を持つ方や、精神的な不調を抱えた方など、外見からは分からない困難を抱えた方も増えています。このような背景を受けて、厚生労働省は「ヘルプマーク」の普及を進めており、札幌市営地下鉄でもヘルプマークを見かける機会が増えています。
専用席であるかどうかにかかわらず、電車内で互いに思いやりを持って接することの大切さが、今改めて問われています。
■ 未来へ続く思いやりの文化
「専用席」は、制度そのものよりも、それを支える市民の意識と行動が何よりも重要です。50年という長い年月が、この事実を証明しています。制度を形だけではなく「社会の心」として持続させるためには、新しい世代にもその意識を継承していく必要があります。
近年では、学校教育における公共マナーや多様性理解の授業が増えており、交通機関との連携による啓発活動も行われています。また、札幌市の交通局では「譲り合い週間」などのキャンペーンも実施し、市民一人ひとりのマナー意識向上に努めています。
■ 「専用席」が問いかける、私たちへのメッセージ
札幌市営地下鉄の専用席が50年にわたって続いてきた背景には、「思いやり」と「心地よい公共空間を共有する」という市民の意識がありました。優先順位を押し付けるのではなく、お互いに譲り合うという精神こそが、この制度の根幹です。
これからの公共交通が目指すべき姿は、誰かの快適さと誰かの不便さが対立するものではなく、共に尊重される社会のあり方かもしれません。専用席はその象徴であり、50年という月日を経て、今もなお私たちに「一人ひとりができるやさしさ」の大切さを教えてくれているのです。
公共交通機関を利用するすべての人が、その心持ちを忘れずにいること。それが次の50年への礎となるはずです。
札幌地下鉄の専用席が教えてくれる思いやりの文化を、これからも大切にしていきたいものです。