近年、家庭内暴力(DV)の被害状況において、男性だけでなく女性からの加害によるケースが増加していることが明らかになってきています。2024年6月時点で公表された政府の調査によると、配偶者や交際相手からの暴力に苦しむ被害者の中で、男性が被害者となる割合が増加傾向にあり、特に「女性から男性へのDV」が社会問題として注目されています。
これは従来イメージされてきたDVの構図、すなわち「男性が加害者、女性が被害者」という枠組みからの大きな変化を示すものであり、法制度や支援体制を再検討する必要性を浮き彫りにしています。本記事では、女性から男性へのDVがなぜ増加傾向にあるのか、その背景や課題、そして必要とされる対策について詳しく考察していきます。
■ 女性加害によるDVの実態
内閣府の調査によれば、精神的・身体的暴力、経済的支配といった形を含むDVのうち、男性が被害者として相談するケースがこれまでに比べて増えているとの報告がありました。例えば、「物が飛んできた」「言葉による継続的な攻撃を受けた」「収入を制限され自由を奪われた」など、被害内容は多岐に渡ります。
男性被害者が声を上げづらいこともあり、こうした事例が長らく可視化されてこなかったという背景も見逃せません。従来のジェンダー観念では「男性が家庭で暴力を受けるのは弱い証拠だ」といった偏見が根強く残っており、被害を打ち明けること自体が非常に困難であると多くの専門家が指摘しています。
その結果、実際に被害に遭っていても「自分が言い返せば済むはず」「誰にも相談できない」といった理由から、声を挙げることができず被害が深刻化するケースも少なくありません。
■ 被害者支援の現状と課題
現在、日本にはDV対策基本法をはじめとする諸制度があり、被害者支援のための相談窓口やシェルターの整備が進んでいます。しかしその多くが女性被害者を前提に設計されており、男性が被害を訴えた場合に対応が難しいという実態があります。
例えば、民間シェルターの多くは女性と子ども専用であるため、男性が避難する場所が限られており、保護された事例もまだ極めて少数です。また、相談員や支援職員の訓練においても「加害者は男性」という前提が一般的であることが、男性被害者に対する理解の壁となっています。
支援が必要であるにもかかわらず「相談しても信じてもらえなかった」「加害者扱いされてしまった」といった経験をする男性もおり、制度の見直しや現場での意識改革が求められています。
■ DVの定義とジェンダー観の変化
2001年に制定された配偶者暴力防止法では、DVとは「配偶者間での身体的・精神的暴力」と定義されていますが、制度が作られた当初から、社会的には「男性→女性」が主な加害・被害関係とされていました。しかし近年は、女性同士・男性同士のカップルや、反転した性別構成のDVケースも増えつつあり、性別や性自認に関係なくDVが起こり得る現実を捉えることが必要です。
性別にとらわれず、「すべての人が被害者にも加害者にもなり得る」という視点に立って、社会全体がDVに向き合う時代になったのです。したがって、性別を限定しない支援制度の整備や啓発活動が重要性を増しています。
■ なぜ女性からのDVが増えているのか?
女性が加害者となるケースの背景には、複数の要因が考えられます。経済的自立を果たした女性が増える一方で、家庭内での役割分担やコミュニケーションの不均衡が原因でトラブルが発生し、感情的対立がエスカレートすることがあるようです。また、心理学的には、過去に自身が被害を受けた経験が復讐心や攻撃性につながるケースも報告されています。
一方で、DVは突発的な暴力ではなく「支配とコントロール」を意図した繰り返される行動でもあります。そのため、加害者が自分の行動を正当化したり、被害者が「相手には悪気がない」と受け取ってしまう共依存の関係に陥ってしまうことも少なくありません。
こうした状況を食い止めるには、早期の気づきと第三者の介入、そして専門的支援が不可欠です。
■ 必要とされる支援と社会的認識の変化
DVの本質は、暴力によって相手の意思や自由を抑圧することであり、その性別によって軽視されてよいものではありません。一人ひとりが「加害者は男、被害者は女」という固定観念から脱却し、あらゆるケースにおいて適切な理解と支援を行う必要があります。
制度面では、男性向けのDV相談窓口を拡充し、保護施設の整備、精神的ケアプログラムの開設など、多様なニーズに応えられる体制が求められます。また、教育現場でも、パートナーとの健全な関係の築き方を学ぶ「デートDV」教育のような取り組みが、性別を問わず進められるべきでしょう。
報道機関やSNSなどメディアの役割も大きく、DVの被害者像を多様に描くことで、声を上げづらかった人々への支援が届く可能性が広がります。「男なのにDVを受けた」と笑い話にされることのない、包摂的な社会が求められます。
■ 私たちにできること
DVの問題は、決して特別な誰かにだけ起こるものではありません。誰もが加害者にも被害者にもなり得ることを理解し、身近な人の変化に気づける目を持つことが大切です。
もしあなたの周囲で「いつもと違う様子がある」「パートナーとの関係で悩んでいる」人がいたら、まずは話を聞いてあげてください。そして、無理に解決しようとするのではなく、信頼できる相談窓口や地域の支援機関に相談するよう促すことが、何よりも大切です。
また、自分自身が被害を受けていると感じた場合も、「我慢すれば良い」ではなく、勇気を持って声を上げてください。どんな状況であっても、暴力は正当化されるべきではありません。
■ 終わりに
「女性からのDV被害が増加している」という事実は、私たちの社会に課された新たな課題です。しかし、それを正しく認識し、固定観念を乗り越えて、すべての人が平等に安心して暮らせる社会を築く契機にもなり得るでしょう。
性別や立場にとらわれないDV対策の整備と、共感と配慮に基づく社会の形成が、今こそ求められています。一人でも多くの人が、声を上げやすく、助けを求めやすい社会が実現される未来を願ってやみません。