「チー牛」イラスト作者の思い――“ネットミーム”の裏にある「傷つけたくない」気持ちとは
インターネットの世界では、ひとつの画像や言葉が瞬く間に拡散され、時には社会現象とも言えるほど浸透することがあります。その中でも代表的な一例として、「チー牛」という言葉とそのイラストが挙げられます。
「チー牛」とは、某有名牛丼チェーンの「三種のチーズ牛丼」を指しながら、それを食べていそうな見た目の男性像を指すネットスラングです。このミームは、顔立ちや眼鏡、もっさりとした髪型といった特徴が一枚のイラストで描かれ、SNSなどを通じて爆発的に広まりました。多くの人に共有されたこのイラストにはやがて、「陰キャ」「オタク」「冴えない中年男性」といった、偏見や揶揄を含んだ概念が付与されていき、原作者の意図とはかけ離れた形で独り歩きを始めてしまいました。
そんな「チー牛」イラストの作者が、初めて自らの思いを語る場が設けられました。彼は今回、取材を通じて、ネットユーザーに広く浸透したこのキャラクターが生まれるに至った経緯、そしてその後の展開について、自身の言葉で丁寧に説明しています。
イラストの目的は「誰かを揶揄するため」ではなかった
原作者によると、「チー牛」イラストはもともとある掲示板の書き込みをもとに描かれたもので、具体的には「三種のチーズ牛丼を食べていそうな若者」を想像で描いたものだったといいます。当時は、仲間内での冗談の一環として楽しんでいた程度であり、特定の誰かを誹謗中傷したり、差別的な意図を持ったものではなかったとのことです。
しかし、このイラストがネット上の拡散とともに「チー牛」という言葉と結びつき、それが人物像とみなされ、ネガティブな意味合いや人をラベリングするための道具として用いられるようになったことで、本人も大きな衝撃を受けたと語ります。
「正直、こんな風に人を傷つけるようなことになるとは思っていませんでした。誰かを笑いものにするためじゃなく、軽いノリの中で描いたものだったので、ネットって本当に予想できないなと感じました」と、作者は複雑な心境を明かしました。
一方で、「自分の描いたイラストがこんなにも多くの人に影響を与えることになった責任」も感じており、それがきっかけでしばらくイラストを描くことから遠ざかった時期もあったといいます。
ネットミームの「力」と「怖さ」
SNSや掲示板、そして動画共有サイトなど、ネット上では日々さまざまなミームが生み出され拡散されています。「チー牛」のようなミームは、ユーモアのあるものとして親しまれる一方で、気づかぬうちに他者を傷つけたり、偏見を助長することにつながる危険性も孕んでいます。
イラストの作者自身も、「ネットで広まっているものが必ずしも誰かの善意によって使われるとは限らない」という現実を、身をもって体験することとなりました。
特に近年では、「見た目」や「趣味」「話し方」といった表面的な特徴だけで人を分類したり、型に押し込めるような風潮に対し、社会的な懸念の声も高まっています。このような言説の背後には、多様なあり方を受け入れようとする価値観と、それに抵抗する従来の考え方とのせめぎ合いがあるのかもしれません。
ただ、今回の作者のように、本来は中立やユーモアの範囲で創作されたものが、時にそれを超えて“不本意な意味合い”を持って拡散されてしまうという例は決して少なくありません。そして、その渦中にある本人が、それによって苦しんだり、創作意欲を失ってしまうということは、ネット文化全体にとっても損失であると言えるでしょう。
クリエイターとしての今後の思い
今回のインタビューで印象的だったのは、作者が「今後もイラストは描き続けたい」と語っていたことです。過去の経験から学んだことを糧にし、今後はより「伝えたい思いを丁寧に形にしていくことを意識したい」と話しておられました。
また、自分の作品がどのような文脈で受け取られるか、それが誰かの心をどう動かすのか――そうした点にもこれまで以上に意識を向けていきたいと述べていました。これは、クリエイティブな活動に携わるすべての人にとって重要な示唆でもあります。
一方で、ネットユーザー側の受け止め方や使い方も、少しずつ見直されていくべきタイミングにあるのかもしれません。笑いのネタやユーモアの対象として扱うことが、果たしてその対象とされた人にとって本当に「面白く」感じられるのかどうか、一人ひとりが立ち止まって考えるきっかけづくりが求められます。
おわりに――思いやりのあるネット文化を目指して
「チー牛」ミームが広まった背景には、人々の共通のイメージや、“ある種の典型”に対するユーモアがありました。けれども、そのことが裏目に出て、思いがけず他者を傷つける結果になったという事実を、私たちは軽視することはできません。
この出来事を通じて、作者の思いに耳を傾け、自分たちが日々利用しているインターネットという場での振る舞いを今一度見つめ直すことが、今後のよりよいネット文化形成への第一歩になるのではないでしょうか。
誰もが自由に表現できるインターネットだからこそ、他者への敬意と配慮をもって言葉や表現を取り扱う――そんな当たり前の意識が、より多くの人々に広がっていくことを願ってやみません。
