高校球児として甲子園の舞台に立ち、多くの人々に感動を与えた一人の元スター選手が、現在も続く過酷ながんとの闘いの中で、静かに日常を重ねている。その傍らには、彼を献身的に支える妻の存在がある。
今回ご紹介するのは、かつて愛媛・松山商業高校のエースとして甲子園を沸かせた鵜久森淳志(うぐもり あつし)さんの現在だ。彼はその後プロ野球の世界にも進み、東京ヤクルトスワローズや北海道日本ハムファイターズで活躍。華やかな球界での選手生活を経て、第二の人生を歩み始めた矢先、突如見舞われた病魔。2018年、36歳という年齢で胃がんが見つかり、彼の人生は大きく転換することとなった。
がんと戦うこと、それは想像を絶する苦しみと不安を伴う。一度の手術で終わることもあれば、何年にもわたる治療を続けなければならないこともある。鵜久森さんの場合も前者ではなかった。手術を経て回復に努めるも、2022年には胃がんの再発と転移が見つかる。現在はステージ4という困難な状況の中で療養生活を続けている。
そんな日々の中で、彼を支えているのが妻の由佳子さん。彼女は夫の闘病生活を支えるため、食事の準備から病院への付き添い、メンタル面のサポートに至るまで、あらゆる面でサポートを惜しまない。彼女は、夫が「自分らしい生活」を続けられるよう、毎日の生活を大切に工夫しているという。
「彼が落ち込んでいるとき、少しでも気持ちを明るくすることが私の役目」と語る由佳子さん。病気は本人だけでなく家族をも巻き込む。しかし、その中で“支える側”の妻が見せる強さ、そして明るさは、多くの人々に勇気を与えている。
一方で、鵜久森さん自身も、自らの経験を社会に還元しようと模索している。現在は、がん患者同士をオンラインで繋ぐ交流会に参加するなど、闘病の中で得た気づきや経験を共有し、同じような境遇の人々の心の支えとなることを目指している。プロ野球選手時代、多くの人に夢や勇気を与えた彼は、今もなおその姿勢を貫き、違った形で希望の灯をともしている。
人は人生の中で、思いがけない苦境に立たされることがある。その時、何を思い、どう向き合うか。そして、誰と共にそれを乗り越えていくか。この物語は、病気という現実を前にしてもなお、人生を前向きに進もうとする一人の元アスリートと、それを全力で支えるパートナーの姿を通じて、私たちに共感と希望を与えてくれる。
病と共に生きることの厳しさや、不安、孤独。しかしそれと同時に、誰かの存在がどれほど心の支えになるかという真実。由佳子さんの言葉、「支えるというより、いっしょに生きているだけ」が強く胸に残る。夫婦として、パートナーとして、ただ一緒にいるだけでいい——それがどれほど力強いメッセージか。がんという病気に限らず、様々な困難を抱える人々にとって、このような「ともに生きる」在り方は、大きなヒントになるかもしれない。
治療と再発、そしてまた治療の日々。決して終わりの見えない闘い。その中で、夫婦は「今日できることを一つずつやっていこう」と、共に前を向いて歩き続ける。彼らの姿勢から学べることは少なくない。たとえどんな困難であっても、一人きりではない、誰かと支え合いながら歩む道がある。そして、それはきっと多くの人が望んでいる生き方でもあるだろう。
今後の治療がどうなっていくかは誰にもわからない。しかし、一日一日を大切に、笑顔を忘れず生きている鵜久森さん夫妻の様子は、ただ「病と闘う」といった言葉だけでは表現しきれない、深い愛情と絆に満ちている。この日常の積み重ねこそが、真の「強さ」なのかもしれない。
最後に、私たち一人一人ができることは何か。それは、共感し、寄り添い、見守ることかもしれない。そして、自分の大切な人たちと「今」を大切にすることだ。家族の絆、夫婦の信頼、日常のありがたさ——今回の鵜久森さん夫妻の物語は、そんな気づきを思い出させてくれる。
彼のがんとの闘いに終わりが見える日が来ることを祈りながら、私たちはこの夫婦が見せてくれた温かさと前向きな姿勢を、心に留めておきたい。