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東京大学によるアイヌ遺骨返還が問いかけるもの──学術と人権、そして共生社会への歩み

2024年4月、東京大学が保管していたアイヌ民族の遺骨を、北海道の白老町にある慰霊施設「民族共生象徴空間(ウポポイ)」に返還しました。この出来事は、長年にわたるアイヌ民族の権利回復運動の一つの到達点として、多くの人々の注目を集めると同時に、「大学による差別的研究や収集の歴史」を見直す契機となっています。

本記事では、東京大学による先住民遺骨の返還をめぐる経緯や背景、そしてそれに対するさまざまな意見や課題について紐解いていきます。過去の歴史に目を向けることで、私たちはこれからの共生社会をどのように築いていくべきかを考えるきっかけとしたいと思います。

■遺骨返還の背景

今回返還された遺骨は、北海道内で過去に行われた発掘調査などで収集された計18体で、東京大学医学部の研究資料として長年保管されてきました。

これらの遺骨の多くは、明治時代から昭和初期にかけて、アイヌ民族の文化や特性の「研究」を目的として、地域住民の合意を得ることなく収集されたものが多数含まれていると指摘されています。当時の日本社会では、アイヌ民族が制度的にも差別の対象とされていた歴史があり、このような遺骨の収集行為には明確な人権上の問題が伴っています。

また、東京大学だけでなく、他の大学でも先住民族の遺骨を研究や教育資料として長年保管していた例があり、国内の大学による「学術研究」の名のもとに行われた行為が、現在では倫理的な問題として問われています。

■「返還は当然の権利」ーーアイヌ民族側の声

今回の返還に際し、アイヌ民族の関係者や活動家などからは「返還は当然のことであり、むしろ遅すぎた」という声が上がっています。先住民族にとって遺骨は単なる研究資料ではなく、ご先祖様の魂であり、大切に敬う対象です。それを大学が長年研究の対象として扱ってきたことに対し、深い悲しみと憤りの感情を抱く人は少なくありません。

また、返還された遺骨は北海道白老町の慰霊施設であるウポポイにて、厳かな式典の後に埋葬されました。この施設はアイヌ民族の歴史や文化を伝えることを目的として設立されたものであり、遺骨の供養の場としてふさわしいものとされています。

アイヌ民族支援団体の代表者は、「大学がこれまで保管し続けてきたことが差別的だった」と語り、同様のケースが全国の大学で再調査される必要性を訴えました。

■東京大学の対応と認識の変化

東京大学は今回の返還に際し、過去の調査・収集行為について、「現在の倫理観から見れば差別的な行為であった」との認識を示しました。大学は謝罪の意を表明し、人権を尊重した形での対応を取ることが、今後の大学の社会的責任であるとの意識を明らかにしました。

また、同大学は今後、保管中の他の遺骨についても出自や経緯を調査した上で、関係者との対話を通じて返還に向けた努力を続ける方針を打ち出しています。このような姿勢は、人権尊重と倫理的研究の重要性がますます問われる現代社会において、大学が果たすべき責任を自覚していることの表れといえるでしょう。

■他大学でも進む調査と見直しの動き

東京大学に限らず、北海道大学や京都大学など他の高等教育機関でも、同様に先住民族の遺骨を保管してきた経緯があります。特に北海道大学では、これまでに数百体分の遺骨が保管されていたとされ、返還要請が続いてきました。

これらの大学でも、近年は調査と見直しの動きが進められており、学術研究と人権尊重のバランスを図ることが模索されています。大学が歴史的責任をどのように受け止め、先住民との対話によって信頼関係を築けるかが問われています。

■倫理と学術研究の間で

この一連の問題が提起する最も重要なメッセージは、「学術研究の自由」と「人権尊重」の関係についてです。かつては学問の名のもとに、「資料」として人間の遺骨が扱われ、それが先住民族の意志に反する形で行われていたという現実があります。

現代において私たちは、研究対象の人々が持つ文化的・宗教的価値観を尊重し、その尊厳を損なわない方法で学術研究を進める必要があります。特に、先住民族や被差別少数者に関する研究においては、彼らとの対話を重視し、倫理的枠組みに則った共同研究のあり方が求められています。

■歴史との向き合い方が問われている

今回の東京大学による返還は、一つの大きな前進といえるでしょう。しかしこの問題は、単なる「遺骨の返還」にとどまらず、日本社会全体が過去の歴史とどう向き合うかという、より大きなテーマを内包しています。

先住民族であるアイヌの人々が、長い歴史の中でどのように扱われてきたのか、そして現在、どのようにその権利が回復されつつあるのかを見守ることは、共生社会実現への一歩でもあります。今回の返還を機に、一般市民も含めた多くの日本人がこの問題に関心を持ち、他者の文化や歴史に対する理解と尊重の気持ちを深めていくことが求められています。

■私たちにできること——未来へ向けて

研究機関や学者だけでなく、私たち一般市民にも、本件から学ぶことはたくさんあります。

まず、自分の国の歴史に目を向け、多様な文化や価値観の存在を認識すること。そして、過去に行われたことに正面から向き合い、何が問題だったのかを考える姿勢を持つことが重要です。

また、教育現場などにおいても、歴史教育の中でアイヌ民族をはじめとする先住民族の存在や文化をしっかりと伝えることで、次世代の共生意識を育むことができるはずです。

2020年に施行された「アイヌ施策推進法」により、アイヌ民族は「先住民族」として初めて法的に明記されました。この法制度をきっかけとし、今後さらに先住民族との真の共生を目指す社会の実現に向けて、一人ひとりが自らの立場でできることを見つめ直すことが求められています。

■まとめ

東京大学による先住民族遺骨の返還は、過去の差別的な研究行為に対する深い反省と、未来に向けた人権尊重の姿勢の表れです。この返還をきっかけとして、大学だけでなく社会全体が、人々の尊厳と文化的価値を守るために必要な一歩を踏み出せるよう願ってやみません。

私たちもまた、この問題を「誰かの出来事」にとどめず、歴史への関心を持ち、寛容さと理解を持った社会を築いていけるよう、日々の生活の中で意識していくことが大切なのではないでしょうか。