元保育士による虐待問題から考える、子どもとの健全な関わり方
2024年6月現在、ある元保育士による不適切な対応、すなわち園児に対する体罰や暴言、無理な指導などが明るみに出たことで、多くの人々が保育の現場における倫理や体制についてあらためて考えさせられています。Yahoo!ニュースで紹介されたこの事案では、元保育士が園児に対し「叩けばおとなしくなる」といった考えのもと、不適切な対応を繰り返していたという報道がなされました。
このような報道がもたらす影響は決して小さなものではありません。保護者にとっては、子どもを預ける場所への信頼を揺るがす出来事ですし、同じ保育職に就く人々にとっても自己の在り方を見直す契機になり得ます。この記事では、今回の報道をきっかけに、子どもと関わるすべての人にとって重要な「関わり方の基本」と「滑らかな保育・子育て環境をつくるための考え方」について考察してみたいと思います。
「叩けば言うことを聞く」は誤った認識
かつては子育てや教育の現場において、「多少の叩きは躾(しつけ)の一部」と捉えられる場面も少なくありませんでした。しかし現在では、身体的な暴力はもちろん、精神的に傷つけられるような言葉であっても、すべて「虐待」に該当する可能性があるという考え方が社会的にも浸透しつつあります。
保育士という職業は、専門的な知識と高い倫理観を求められる仕事です。だからこそ、個人の価値観や過去の体験に基づいて暴力的な手法を正当化することは許されません。今回の報道で問題視されたのは、元保育士が自らの保育方法について「叩けばおとなしくなると思っていた」と供述した点でした。これは、子どもへの理解や適切な接し方を学び深める努力が不十分だった可能性を示唆しています。
すべての子どもに共通する「発達段階」
子育てや保育に関わるうえで大切な視点の一つが、「子どもの発達段階」を理解することです。例えば、幼児期の子どもはまだ言語能力や自己抑制の力が十分に育っていません。大人の言うことを理解する力も完全ではなく、感情の表現や要求の伝え方も未熟です。
こうした発達段階の特性を考慮せず、思い通りに動かない子どもを強制的に従わせようとする行為は、大きな誤解から生まれる過ちです。大人の感情を優先させるのではなく、子どもたちがどうしてそのような行動をとるのか、なぜ泣くのか、なぜ嫌がるのかを観察し、理解しようと努めることが重要になります。
保育士の役目は「行動の意味を読み取る」こと
保育士は、単に子どもの安全を守るだけでなく、子ども一人ひとりの気持ちや行動の背景を読み取り、成長を支える立場にあります。今、何を感じているのか、何を伝えようとしているのかを丁寧に掬い上げる力が求められるのです。
たとえば、園で子どもが泣き叫ぶ時、それを「うるさい」「わがまま」と決めつけるのではなく、「寂しいのかもしれない」「家で不安なことがあったのではないか」といった背景を想像する視点が、保育士には必要不可欠です。そのような想像力と共感力が、子どもとの信頼関係を築くうえでの土台となります。
指導としつけの違いを理解する
「しつけ」は家庭や保育の現場でよく用いられる言葉ですが、それが暴力的な手段に転じてしまうケースがあることも認識しなければなりません。叩く、怒鳴る、無理やり従わせるといった行動は、しつけではなく「暴力」です。
逆に、「指導」は、子どもに正しい行動を教え、必要に応じて見本を見せたり、繰り返して教えたりするプロセスが含まれます。たとえば、「お友だちと譲り合おうね」と伝えたうえで、自ら譲る姿を見せ、お互いに気持ちよく遊べる体験を積ませていくことが「指導」です。
この違いを明確に理解し、意図せずして虐待に繋がるような行動を避ける冷静さが、保育や子育てにおいては極めて重要だといえるでしょう。
現場に求められる支援と環境整備
今回のケースを通して、私たちは一人の保育士の問題として片づけるのではなく、現場の構造的な課題にも目を向けるべきです。保育現場は人手不足や低賃金、長時間労働といった厳しい環境に置かれていることが多く、結果として心身ともに疲れた保育士が、冷静さを欠いた対応をしてしまう可能性があります。
そのためにも、保育の現場には定期的な研修や相談機関の整備、同僚同士のサポート体制などが整っている必要があります。特に新人保育士にとっては、理想と現実のギャップに戸惑い、孤立感を覚えることもあるでしょう。そうした不安や行き詰まりを感じたときに「助けを求めることができる」風土が、施設の中に存在することこそが、健全な職場環境をつくる第一歩です。
親として、保護者として私たちにできること
一方で、家庭や保護者も子どもの教育においては重要なパートナーです。保育の現場にすべてを委ねるのではなく、家庭でも子どもの話を丁寧に聞くこと、保育士や施設と良好な関係を築くことが、子どもを守る力につながります。
気になる子どもの発言や行動が見られたときには、ささやかなことでも保育士と情報を共有し、互いに状況を把握することが重要です。また、その過程で施設に対する要望がある場合でも、冷静に客観的に意見を伝えることが、最終的には子どものためになるはずです。
おわりに
「叩けばおとなしくなる」という言葉は、子どもという存在に対する誤解の象徴でもあります。彼らは大人の思いどおりに動かないからこそ、丁寧に向き合う価値があり、そこに成長の芽があります。今回の報道は、悲しい出来事であると同時に、私たちすべての大人に対して「どのように子どもと接すべきか」を問いかける、大切な警鐘でもあります。
一人ひとりが、子どもの声に耳を傾け、愛情と尊重を持って接していくこと。そして、保育士をはじめ子どもに関わる立場の人々が、専門性と誇りを持って働ける環境を整えていくことが、明日の子どもたちの笑顔に繋がっていくのではないでしょうか。