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排尿も人権である──東京地裁が都に賠償命令、拘束下の尊厳を問う判決

2024年5月、東京都に対し、刑事収容施設で拘束された男性が長時間排尿を許されず、やむなく衣服に排尿せざるを得なかったことに関する損害賠償請求訴訟で、東京地方裁判所が都に対し賠償を命じる判決を下しました。この判決は、被収容者の人権と法の下の適正な手続きの重要性を改めて問いかけるものとなっています。以下では、この裁判の概要、争点、そして今後の社会的・制度的な課題について詳しく解説します。

■事件の概要

問題となったのは、男性が警視庁の留置場で身体拘束を受けていた際の対応についてです。男性は精神的に不安定な様子を見せていたため、警察から自傷他害のおそれがあると判断され、医療機関への搬送を経て都立松沢病院へと入院が決まりました。

病院への移送中、男性は身体をベルトと手錠で椅子に固定された状態で車両に乗っていました。ところが、その搬送の過程で、男性が複数回にわたって排尿を訴えたにもかかわらず、病院職員らの対応は「あと少しで着きますから」「我慢してください」などというものでした。結果として、男性は尿意を我慢しきれず、衣服を濡らしてしまう事態となりました。

男性はこの対応が著しく人権を侵害するものであり、また精神的苦痛を伴うものであったとして、東京都に対して慰謝料などの損害賠償を請求しました。

■司法の判断と判決内容

本件を審理した東京地方裁判所は、被告である東京都に対して計33万円の賠償を命じる判決を下しました。判決では、病院側の対応が適切を欠いていたと指摘し、特に人間としての尊厳に関わる「排泄の自由」を不当に制限したことを重大視しました。

裁判所は、移送中の本人が繰り返し訴えたにもかかわらず、病院側がその訴えに耳を傾けず、結果として排尿を衣服にせざるを得なかったことについて、「人間の尊厳を損なうような扱い」であり、施設側には注意義務や配慮義務があったと認定しました。また、拘束という特別な状況下にあってもなお、基本的人権への配慮が求められるという姿勢を明確にしています。

■人権と医療・司法制度における課題

この判決は、刑事収容施設や精神科医療機関という特殊な環境においても、基本的人権が尊重されるべきであるという点を改めて社会に突きつけるものです。

特に、精神疾患を持つ人や自傷他害の可能性があると判断された人は、医療的措置や法的手続きの対象になりやすく、その過程で必要とされる制限や拘束もやむを得ない場合があります。しかし、それが不当に長期に及んだり、本人の訴え(たとえば排尿や体調に関すること)を軽視したりすることは、単なる管理ではなく人権侵害となりかねません。

また、今回のように排尿という生理的かつ不可避な行動に対して、適切な対応がなされなかったことは、単なる手続き上の瑕疵ではなく、施設運営および職員教育のあり方にまで疑問を投げかけています。

■社会的影響と今後の展望

今回の判決を受け、都は対応について再発防止に務める考えを示していますが、類似のケースは他にも報告されており、制度全体としての透明性と改善が求められる状況です。

日本の司法や医療制度は、個人の権利と公共の安全とのバランスのもとに運用されてきましたが、今回の訴訟により「弱い立場の人が声を上げること」や、それを司法がしっかりと救済する重要性が明らかになりました。

特に、高齢者、障がい者、精神疾患を持つ人などの社会的に弱い立場にある人々が施設や官公庁と接する際には、より丁寧な説明や対応が必要です。たとえば、「あと少しで着きますから」といった言葉は、表面上は平易で親切に見えても、切迫した相手の生理的な訴えに対しては適切でない可能性があります。

このような環境下では、現場の職員がストレスや業務量に追われて十分に対応できないことも理解できますが、それでも人としての基本的な権利に対する尊重を忘れてはならないという教訓を、この事件は私たちに示しています。

■まとめ

東京地裁が東京都に対して損害賠償を命じたこの判決は、人権と公的制度の運用について再考を促す貴重な機会になりました。拘束された被収容者が排尿の訴えを無視され、結果として尊厳を損なう状態に置かれたことは、私たちが直視しなければならない社会的課題です。

誰もが突然、このような制度の中に置かれる可能性がある現代社会においては、「仮に自分だったらどう感じるか」という想像力と、「制度は人のためにあるべき」という原点への立ち返りが、ますます重要になっています。

今後、医療機関や留置施設、そして行政側がこのような判決を真摯に受け止め、再発の防止と人権意識の向上に向けた実効的な対策を講じることが期待されます。そして私たち市民も、誰かが声を上げた時に関心を持ち、より良い社会の実現に向けて共に歩んでいくことが求められています。