近年、日本の農業界では、米価の安定と持続的な農業経営の実現が喫緊の課題となっています。そんな中、全米販(全国農業協同組合連合会)とJA全中(全国農業協同組合中央会)など、複数の生産者団体が米の適正価格を「60キログラムあたり3000円」とする見解を示しました。この価格水準には、農家の経営継続を可能とする背景があり、消費者にとっても将来的に安定した米の供給を維持するために極めて重要な意味を持ちます。
本記事では、この「コメ適正価格は3000円」とする発表の背景やその意義、また今後の日本農業に与える影響について詳しく解説します。
■「適正価格」とは何か
まず、「適正価格」とは何でしょうか。これは単に市場の需給バランスで決まる価格とは異なり、生産にかかるコスト、農家の生活を維持するための経費、さらには今後の農業を持続可能にするための投資などを考慮に入れた価格です。つまり、その価格で買い取られることで、農家が農業を職業として続けていける、そんな水準が「適正価格」です。
今回、生産者団体が提示した「60キログラムあたり3000円」という数字は、こうした観点から導き出されたものです。価格に農家の営農意欲を反映させ、生産性の向上や品質の確保につなげようとする意図も込められています。
■実際の相場と適正価格のギャップ
ところが、2023年産米の市場価格はこの適正価格よりも下回る状況が続いています。それにより、多くの農家が米作りの採算性に疑問を感じ、離農や転作を検討せざるを得ない状態となっているのです。
例えば、2023年秋の農協などの集荷価格(買い取り価格)は、品種や地域によっても異なりますが、おおよそ2500円前後とされており、適正価格に比べて数百円の差があります。この差額は、一見すると小さく思えるかもしれません。しかし、60キログラムあたりで500円の差があれば、1トン(1000キログラム)あたりでは約8333円、10トンで8万3000円以上の差となります。これは中小規模の農家にとって非常に大きな負担です。
■なぜ価格が下がるのか?
米価が下がる要因としては、主に以下のようなものが挙げられます。
1. 消費量の減少
日本人の米の消費量は長期的に減少傾向にあります。ライフスタイルの変化、パンやパスタなど他の主食の浸透、一人暮らし世帯の増加などがその理由です。
2. コメの在庫の増加
農業政策の変化などにより生産調整(いわゆる減反)の緩和が行われた結果、一部の地域では需要に対して供給が過剰となっており、その結果として価格が下がっている現実があります。
3. 生産コストの上昇
肥料、燃料、人件費などのコストが世界的に高騰している中、米作りにかかる経費も大幅に上がっています。にもかかわらず販売価格が上がらなければ、農家の収益は圧迫される一方です。
■コメ価格の調整は国民全体の課題
米は私たち日本人にとって長年にわたり主食として親しまれてきた食品です。しかも、それは単なる食料ではなく、文化でもあります。さらに言えば、農業は食料生産のみならず、国土保全、生態系の維持、地域社会の基盤としても重要な役割を担っています。
その農業の根幹ともいえる米作りを維持するには、農家が生活できる価格で安定的に米を販売できる環境が不可欠です。米の価格が低迷し続け、農家が次々と離農すれば、将来的には国内の食料自給率の低下、安全な食料の確保が難しくなる可能性も否定できません。
また、若い世代の農業離れが進む中、農業を「将来の職業」として選択してもらうには、安定した収入が見込める環境が不可欠です。そして、それを実現するためには、市場任せだけでなく、消費者として私たち一人ひとりが「農業を支える意識」を持つことも大切ではないでしょうか。
■消費者としてできること
「60キログラムあたり3000円」という適正価格は、私たち消費者目線では、同じ米をこれまでよりわずかに高い価格で購入する可能性を意味するかもしれません。しかし、その価格の背後には、農家が安心して米作りに取り組める環境を整えるという意味合いが込められています。
消費者としてできることは、価格だけでなく「誰が、どこで、どのように育てたのか」という点にも関心を持つことです。地元の農産物を選ぶ、信頼できる生産者の米を購入することは、農家を直接応援する行動になります。また最近では、「顔の見える農業」が広がっており、インターネットや直販所を通じて生産者と直接つながることも可能です。
■おわりに
「コメ適正価格は3000円」という生産者団体の発表は、単なる価格の問題ではなく、日本の農業全体の持続可能性が問われている重要なメッセージだと言えます。農家が安心して農業を営める環境を整えるためには、行政や市場の支援はもちろんのこと、私たち一人ひとりが農業という存在に関心を持ち、支えていくことが求められます。
今後もおいしいお米を安心して食べ続けられる社会を守るために、「適正価格」とは何かを考え直し、消費者としてできることから行動してみませんか。