「長嶋さん好物の汁そば 50年守る店」―変わらぬ味に込め続ける“ありがとう”の想い
野球界のレジェンド・長嶋茂雄さんが愛した一杯の汁そば。その特別な味を、半世紀もの間変わらず守り続けてきた店がある。東京都内の一角にあるその老舗中華料理店は、時代の流れに変わることなく、長嶋さんが足繁く通った昭和の頃と同じ味を今も提供している。
今では少なくなった昔ながらの町中華の風情を残したそのお店の名は「中華料理 鳳鳴軒(ほうめいけん)」。創業は1973年。50年もの間、地域住民や長嶋さんをはじめとする多くの常連客に愛され続けてきた名店だ。
■きっかけは「偶然」の出会い
長嶋茂雄さんがこの店と出会ったのは、まさに偶然だったという。当時、巨人軍の本拠地・後楽園球場や東京ドームの周辺には数々の飲食店が軒を連ねていたが、鳳鳴軒はその中でも「どこか懐かしさのある味」として独自の存在感を放っていた。
ある日の昼下がり、球場での練習後にふらっと立ち寄ったことから、この店の汁そば(ラーメン)が、長嶋さんの“定番メニュー”になった。醤油ベースのシンプルなスープに、細めの中華麺、自家製焼豚やメンマ、ねぎなどのトッピングが乗った昔ながらの中華そば。脂っこくもなく、飽きのこない味が、彼の心を掴んだ。
■「特別扱いはしない」けど、伝わる敬意
店主によると、長嶋さんが来店しても、特別な対応は一切しなかったという。それがまた、長嶋さんにとって居心地の良い場所であり続けた理由のひとつかもしれない。「一人の客として、普通にラーメンをすする」その姿が、常連たちの間で語り草になっている。
しかし、決して冷たいわけではない。店では小さな気配りが常に意識されていた。いつ訪れても、温かいスープと丁寧な接客。口数こそ少ないが、毎度「ありがとう」と返す長嶋さんの表情が、店には強く印象に残っているそうだ。
■50年の味を受け継ぐ3代目の想い
創業者から数えて現在は3代目が厨房を預かっている鳳鳴軒。「味を変えない」というのは簡単に聞こえるが、実際には非常に繊細で難しい仕事だ。特に出汁やスープの味は、微妙な気温や湿度の変化、調味料の質の違いによっても左右される。
そこには、先代から教わった“勘”や“心意気”が大きく関わってくるという。創業者の握った中華鍋の振動まで感じながら育った若い店主は、「お客様は、ただの腹を満たすためだけにこの店にくるのではない。思い出に寄り添う味に出会いにきてくれる」と語る。
長嶋さんが通ったその時間を追体験するかのように、今でも多くのファンが「長嶋さんの汁そば」を求めて店を訪れている。カウンター越しに、店主が差し出すラーメンを一口すすると、どこか懐かしい昭和の時代へと引き戻されたような感覚になる。
■地域に根付く“町中華”という存在
チェーン店が多くを占める現代の飲食業界において、個人経営の中華料理店がここまで長く続くのは稀なこと。鳳鳴軒がこれまで続いてこられたのは、何気ない日常の中でほっとできる居場所を提供しているからこそ。
中華店といっても、メニューは多岐にわたり、汁そば以外にもチャーハン、餃子、マーボー豆腐など残さず食べたくなるラインナップが揃う。どの料理にも共通するのは、変わらぬ“家庭的な温かさ”だ。
3代目店主は「町に寄り添える中華というのは、きらびやかなものじゃないけれど、確かに人の心をつかむ力がある」と語る。このお店は、長嶋さんにとっての「隠れ家」であり、誰にとっても「帰ってきたい場所」を体現しているのだろう。
■“ありがとう”を込めてたどり着いた50周年
2023年で創業50年を迎えた鳳鳴軒には、年配の常連客はもちろん、かつて父親に連れられて訪れたという若者の姿も多く見受けられる。「子どもの頃、親父がうまそうに食べてたラーメンを今、俺が息子に食べさせてるよ」という親子3代の語らいが広がる店内は、まさに歴史そのもの。
この50年という歴史を振り返り、店主は「お客様から続けさせてもらった時間」「感謝されるよりも、こちらが感謝している」と話す。
長嶋茂雄さんという偉大な存在の“好物”となったことは、鳳鳴軒にとって確かに誇りだ。しかし何よりも、大切なのは、「誰かの心に残る味であり続けること」。そのためには地道に、毎日一杯一杯を丁寧に作り続ける。それが、昭和も令和も変わらぬ鳳鳴軒の哲学なのだ。
■終わりに―そして、これからの鳳鳴軒
時代は移り、人々の食生活や価値観も多様化している。しかし、変わらない価値というものもある。懐かしい味、心をほぐす空間、そして人と人とのつながり。鳳鳴軒が提供しているのは、単なる「食」ではなく、そうした“人間の記憶“そのものなのかもしれない。
長嶋さんが愛した一杯の汁そばは、ただ有名人の好物というだけではない。誰にとっても懐かしい、誰かを思い出す、そんな温かくて優しいラーメンなのだ。
これから先の10年、20年も、その味が変わらぬよう、お客様の笑顔と共に歩む鳳鳴軒。近くに立ち寄った際は、ぜひその温もりに包まれた一杯を味わってみてはいかがだろうか。