タイトル：アユ遡上数が6年で600倍に！奇跡の川「歌登川」の環境再生に迫る
毎年春から初夏にかけて、日本各地の川を銀白色に輝く魚が彩ります。その代表格がアユ。清流を好む淡水魚で、夏の風物詩としても知られています。そんなアユが大量に遡上することで注目を集めている川があります。北海道枝幸町（えさしちょう）にある「歌登川」です。
実はこの歌登川、かつてはアユが定着することは難しいとされていた川でした。冷涼な気候や地理的条件、また流域環境の変化など、自然環境に起因する課題が多く、生息には不向きだと考えられていたのです。しかし、この川で今、驚くべき変化が起きています。
なんと2017年にはわずか100匹程度だったアユの遡上数が、2023年には6万3000匹にまで増加したといいます。6年で実に600倍もの急増。これは単なる自然の偶然ではなく、人と自然の協働によって生まれた「環境再生」の成功例といえるでしょう。
本記事では、アユ遡上数が劇的に増加した理由と、それを可能にした地元住民や専門家たちの取り組み、そして「人と自然の共存」の可能性について掘り下げていきます。
アユ遡上の増加は偶然ではなかった
北海道オホーツク地方に位置する枝幸町。この地域は豊かな自然と漁業資源に恵まれる一方、近年は高齢化や人口減少といった課題を抱えていました。そんな中、地域に活気を取り戻すきっかけの一つとなったのが「歌登川のアユ」だったのです。
6年前にはほとんど確認されていなかったアユが、いまや何万匹もの群れとなって川を遡上しています。この大きな変化の背景には、地元の関係者たちによる地道な調査と、そして自然環境の保全・回復に向けた取り組みがありました。
鍵を握ったのは「自然再生モデル」
アユは清流を好み、苔を主食としながら川を回遊する繊細な魚です。わずかな環境変化にも影響を受けやすく、河川の状態や水質、生態系のバランスが非常に重要です。そこで注目されたのが、「自然再生モデル」の導入でした。
歌登川では、人工的に大規模な整備を行うのではなく、自然本来の流れや環境を尊重しながら徐々に改善する方法がとられました。古くなった堰（せき）や農業用水路の見直し、川岸に生息する植物の保全、地元住民によるゴミ拾いや清掃活動など、小さな努力の積み重ねが川に新しい命を呼び戻したのです。
アユが定着しやすい河川環境の整備
また、専門家や地元の漁協、自治体などが協力し、アユの生態調査も継続的に行われました。川の温度、水深、流れの速さ、苔の生育状況など、多岐にわたるデータが集められ、それに基づいて「アユに適した水辺環境」へと整えていきました。
例えば、水温の上昇や急激な流れがアユに与える影響を考慮し、ダムの放水量を調整する、支流との連携を強化して急な水位変動を防ぐなど、科学的な視点を取り入れた施策が奏功しました。
地域の宝としての「アユ」
アユの大量遡上は、単に自然環境の復元にとどまりません。枝幸町では、「アユ遡上の景観」を地域資源として位置づけ、観光資源化や地域交流の活性化にもつなげています。
毎年の初夏にはアユ遡上の時期に合わせて観測イベントが開催され、地元の子どもたちが参加する学習プログラムも展開されています。自ら住む土地の自然のすばらしさを学び、地域に誇りを持つ機会にもなっています。
さらに、アユを使った料理や加工品なども人気となっており、地元経済への波及効果も少しずつ見え始めています。アユを通じた地域の活性化が、人口減少に歯止めをかけるヒントになるのかもしれません。
アユが教えてくれる「自然との向き合い方」
歌登川の奇跡は、単なる自然現象では終わりません。私たち現代人が、いかに自然と向き合い、共生の道を歩むことができるのかという「問いかけ」を含んでいます。
近年、日本の多くの川は護岸工事や砂防ダムの設置により、自然の流れが失われつつあります。こうした人間の都合によって変えられた風景の中で、本来持つ生態系の豊かさが失われてしまうことも少なくありません。
しかし、歌登川の例が示すように、人間が自然を理解し、無理のないかたちで寄り添うことで、再び命の流れが取り戻せる可能性があるのです。それは私たち一人ひとりの行動次第で未来を変えられるという、「希望のメッセージ」でもあります。
未来に残したい川の姿
枝幸町・歌登川で起きたこの「奇跡」は、決して特別な場所だから起きたのではありません。全国のどこにでも共通する川と人との関係の中で生まれた成果です。
誰もが関わることのできる「地域の自然との共生」。今回の事例は、その大切さと、日々の努力がいかに大きな成果をもたらすかを教えてくれます。アユが遡上する川を次世代に残すことは、単に魚を守るという意味ではなく、私たちの暮らしそのものを守ることにつながるのかもしれません。
人と自然が正しく向き合った時、かつて失われた命の輝きがもう一度蘇る——。そんな大きな希望を抱かせてくれる、歌登川の「600倍の奇跡」でした。
