現代ビジネスの多様性が加速する中、企業内での「兼務」はますます一般的になりつつあります。業務の効率化や柔軟な組織の運用を目指す動きの中で、ひとりの社員が複数の役職や担当を持つことが増加傾向にあります。しかし、その一方で、兼務には目に見えにくい“リスク”も潜んでおり、企業・個人双方にとって慎重な対応が求められます。本記事では、「兼務」が持つ2つの主なリスクについて解説し、それに伴う問題や課題、そして解決策のヒントを探っていきます。
兼務とは何か
そもそも「兼務」とは、ひとりの社員が本来の職務に加えて別の職務や役割を担うことを指します。例えば、人事部に所属している社員が、同時に総務部の業務にも携わったり、営業部長がマーケティング部の部長も兼ねる、といったケースが該当します。
近年、特にスタートアップ企業や中小企業では、人材リソースの制約からやむを得ず兼務が導入されることも少なくありません。また、大企業においても、社員のキャリア開発や業務効率の向上を目指して、戦略的に兼務を導入する動きが見られます。
しかし、表面的には有効に思えるこの「兼務」にこそ、大きな落とし穴が2つ存在するのです。
リスク1:責任の所在が不明確になる
兼務におけるもっとも大きなリスクのひとつが、責任の所在が曖昧になることです。ひとりで複数の役職や業務を担うとなると、各職務における優先順位が競合しやすくなります。また、何か問題が発生した際に、「誰がその業務の責任者か」が分かりづらく、組織として迅速かつ的確な対応ができなくなる可能性があります。
例えば、ある社員が営業部と商品企画部を兼務していたとします。新商品に関するクレームが発生したとき、それが営業部門の問題なのか、企画部門の不備なのか、社内でも判断が分かれ、結果的に初動対応が遅れるという事態も起こり得ます。
また、兼務している社員自身も、「どちらの立場で判断すべきか」「どの業務を優先すべきか」と板挟みになることが多く、ストレスや精神的負担の原因となります。
リスク2:パフォーマンスの低下と企業の成長鈍化
もう一つの大きなリスクとして挙げられるのが、個人の業務パフォーマンスの低下です。複数の役割をこなすことは時間的・精神的な負担が大きくなりすぎ、結果として全ての業務において中途半端な成果しか出せない、という悪循環に陥る危険性があります。
これは本人にとって大きなプレッシャーであるだけでなく、企業にとってもリスクです。特に、意思決定が求められるマネジメントレベルでは、十分な情報収集や分析ができないまま判断を急がねばならなくなり、不適切な意思決定を招く原因にもなります。
また、兼務が常態化することで、人材の適正配置や人材育成が後回しとなり、本来あるべき組織開発のチャンスを失うことにもつながります。すなわち、短期的な合理化が、長期的な成長の足かせとなる恐れがあるのです。
企業ができる対応策とは
それでは、「兼務」に潜むこれらのリスクをどう管理・軽減すればいいのでしょうか。以下にいくつかのポイントを紹介します。
1. 透明な業務設計と責任区分の明確化
まず最も重要なのは、兼務する社員が「何を、どれだけ、どうやって行うか」という業務範囲と責任区分を、明確に設計することです。何を優先し、どのような意思決定を任されているのかを明文化することで、本人も周囲も安心して業務に取り組めるようになります。
2. 定期的な業務見直しとフィードバックの仕組み
兼務している社員の業務量を定期的に見直し、負荷が過度になっていないかをチェックする仕組みも欠かせません。また、フィードバックの場を設け、社員が抱える課題やストレス、不安を拾い上げることで、早期の対応が可能になります。
3. 必要なら一時的なサポート体制を構築
兼務によって通常よりも多くの業務を背負うことになるため、必要に応じて業務サポートやアシスタントの配置も検討する価値があります。また、繁忙期に限定してパートタイムスタッフや外部リソースを活用することで、兼務社員の負担を軽減できるでしょう。
4. 中長期的な人材育成の視点を忘れない
兼務は一時的な措置にとどまりがちですが、本質的には「次の世代への橋渡し役」と考えるべきです。経験豊富な社員が複数業務を一時的に担当することで、後進の育成やノウハウ共有が活性化されるように設計することで、組織全体の成長にもつながります。
社員個人ができる工夫も重要
企業側の取り組みだけでなく、兼務を担う個人としても自身の業務管理能力を高めることが求められます。具体的にはスケジュール管理やタスクの可視化、適切な報連相(報告・連絡・相談)を心がけ、優先順位を見極める能力が重要です。
また、過度なプレッシャーを抱え込まず、上司や同僚と連携をとることで、自分ひとりで背負わない体制を構築することもポイントです。
まとめ:「兼務」は企業の柔軟性と変化への対応力を高める可能性があるが…
「兼務」は、現代の多様で流動的なビジネス環境において、組織の柔軟性を高める有効な手段の一つです。適切に導入すれば、人材不足への対応や業務効率化、新たな知見獲得の契機にもなります。
しかし、その一方で、責任の所在不明やパフォーマンス低下といった深刻なリスクも孕んでおり、導入にあたっては慎重な業務設計と継続的なサポート体制の整備が求められます。
企業、そして社員個人の双方が「兼務」という働き方を正しく理解し、リスクを最小限に抑えつつ可能性を最大限に活用する視点を持つことが、これからの働き方改革にもつながっていくことでしょう。
兼務はあくまで「諸刃の剣」。使い方を誤らなければ組織の武器となり得ますが、見誤れば大きな損失となることもあります。だからこそ、今一度「兼務」の在り方を見つめ直すことが重要なのです。