イカのマチ函館に激震 初競り中止の波紋と、地域が背負う未来への想い
北海道函館市。豊かな自然と歴史的な街並み、そして何より「イカのまち」として全国に知られるこの港町が、いま大きな波紋の渦中にあります。2024年6月12日に予定されていた今年の「スルメイカ」の初競りが、史上初めて中止となるという知らせが、地元をはじめ全国の関係者に大きな衝撃をもたらしました。
このような出来事は、単に一市場の問題にとどまるものではありません。「イカとともに生きてきた町」と言っても過言ではない函館にとって、それはひとつの文化、誇り、そして生活の根幹に関わる重大な出来事なのです。
なぜ初競りが中止になったのか
函館市の初夏の風物詩ともいわれる「スルメイカ初競り」は、毎年6月中旬ごろに行われ、朝の市場を活気づかせる恒例行事でした。報道によると、今回の初競り中止の理由は、すでに6月11日時点で函館港へのイカの水揚げがほとんどなかったことにあります。
水揚げ量が少なすぎて、「初競りとしての体を成さない」という判断が下されたということで、関係する漁業者や市場関係者にとっては非常に悔しい決断だったであろうことは想像に難くありません。
そもそも、スルメイカの漁獲量の減少は今回に始まったことではありません。実はこの十数年、函館港におけるイカ漁は年々厳しさを増し続けてきました。資源量の変化、海水温の上昇、外国船による操業、そしてコロナ禍による流通の混乱など、さまざまな外的要因が重なり、漁の現場はかつてない苦境に立たされています。
消えつつある「イカのまち」の誇り
函館市民にとって「イカ」は、単なる海産物ではありません。それは函館山から見下ろす港町のにぎわいそのものであり、観光客を魅了する名物料理であり、町のアイデンティティともいえる存在です。
新鮮なイカをその場で刺身にした「活イカ刺し」や、「イカめし」、名物のイカ墨ラーメンなど、函館の食文化はイカなしでは語れません。また、毎年8月には「函館港まつり」の中で開催される「イカ踊り」も市民参加型のイベントとして親しまれており、「イカ」は函館の生活・文化・産業すべてに通じるシンボルとなっているのです。
そうした中での初競り中止は、「もはや函館は“イカのまち”ではなくなってしまったのではないか」という不安や喪失感を、多くの人々に抱かせています。
業界を支える人々の苦悩と希望
今回のニュースによって改めて浮き彫りになったのは、漁業という自然相手の産業が抱える不安定さと、それにもかかわらず現場で奮闘する人々の存在です。
地元の漁師たちは朝早くから漁に出て、わずかな漁獲を得るために長時間に及ぶ航海を続けています。それでも「今年は去年より少ない」と肩を落とす声も少なくありません。また、市場関係者や飲食業者にとっても、原材料の確保が難しくなれば経営に及ぼす影響は甚大です。価格の高騰や、顧客からの信頼喪失など、さまざまな問題が連鎖的に発生しています。
しかし、そんな中でも「イカの灯を絶やすまい」と前向きな取り組みも各地で始まっています。たとえば地元漁協では、資源管理の視点から漁獲枠を慎重に調整する動きがあるほか、大学と連携してイカの生態や回遊ルートの調査を行うなど、科学的なアプローチによる資源回復の試みも進められています。
観光業界も新たな試みに踏み出しつつあり、イカに代わる新たな海産物や加工品のPRを強化したり、函館の他の魅力を積極的に発信するなど、「イカだけに頼らない町づくり」へとシフトする動きも始まっています。
「イカのまち」存続のために、今私たちにできること
日本全国にはその土地ならではの「特産」や「名産」が数多くあり、それを支える人々が存在します。イカのまち函館にとってのスルメイカも、単なる海の幸ではなく、人の営みと密接に結びついた「かけがえのない宝」なのです。
その大切な文化を守り、次世代に繋げていくために、私たち一人ひとりが今、ほんの少しでも意識を変えることができるのではないでしょうか。たとえば、地元の食材を選び、食文化を見直すこと。また、観光で訪れた際にはその町の歴史や背景に思いを寄せ、地元の人との交流を深めること。そうした想いが、持続可能な地域社会の礎になっていくのではないかと感じます。
函館の人々は、簡単にはへこたれません。イカ漁に変わる新たな挑戦を見いだしながら、今ある資源を大切に守る姿勢を貫いています。もしかすると、それはイカそのもの以上に、函館という町の強さや魅力を象徴しているのかもしれません。
最後に:イカとともに、これからも。
初競りが中止された朝、静かな市場の風景を見てある市場関係者はこう語ったそうです。
「イカがいないなら、いないなりに動くしかない。でも、この町がイカの町であることは、変わらない。」
その言葉に、この町の誇りと、未来への意志が凝縮されています。たとえ海から上がるイカが少なくても、人々の心の中にある「イカとともに生きてきた歴史」は、簡単には消えることがありません。
だからこそ今、注目が集まっているこの機会に、私たちはもう一度函館と、その背後にある漁業文化の豊かさに目を向けてみる価値があるのではないでしょうか。
厳しい現実の先に、新しい希望が見える—函館という町は、またひとつ力強く歩み始めようとしています。