朝ドラ効果でパン屋に長蛇の列、客数は倍以上に――「ものづくり」の魅力を伝える力
2024年春、NHKの連続テレビ小説(通称「朝ドラ」)『虎に翼』が放送されています。このドラマの舞台の一つとして登場しているパン屋が、全国的な注目を集めています。実際にロケ地となったパン屋には、ドラマ放送開始以降、観光客や地元の人々が詰めかけ、来店数はなんとこれまでの倍以上に増えたといいます。
この現象は、単なるドラマ人気だけでは語りきれません。背景には、朝ドラが描く「ものづくり」への尊敬や、職人のこだわりに心動かされた視聴者の想いがあります。今回は、そんな“朝ドラ効果”によるパン職人・店舗の反響とその背景、そして心惹かれるものづくりの精神についてご紹介します。
■ 朝ドラ『虎に翼』の中で「パン作り職人」に注目が集まる理由とは
『虎に翼』では、日本で初の女性弁護士であり裁判官となった一人の女性の人生を描きつつ、その周囲にいる人々の生き様や日々の暮らしの中にも焦点が当てられています。その中で登場するパン職人のキャラクターは、どこか懐かしさと優しさ、そして技術に裏打ちされた真摯な思いを持つ存在として描かれ、多くの視聴者の心をつかんでいます。
ドラマの中で丁寧にパンをこね、焼き上げるシーンは、見ているだけでその香りや温かさが伝わってくるよう。InstagramやX(旧Twitter)などのSNSでは、「パンが食べたくなる」「あのパン屋に行ってみたい」といった声が日に日に増えていきました。
これに応える形で、実際にロケで使われた店舗や、ドラマのモデルとされる老舗パン屋を訪れる人が後を絶ちません。多くのテレビファン、パン好きが「聖地巡礼」に訪れるようになったのです。
■ 奈良県の老舗パン屋「まるよしベーカリー」に全国から客足が集中
劇中の舞台モデルと目されるのは、奈良県にある創業70年近い老舗「まるよしベーカリー」。この店は、地元では知らない人がいないほど有名なパン屋で、地元住民に長年愛されてきました。
朝ドラの放送が始まってからは、全国各地から「まるよしベーカリー」を目的に訪れるファンが急増し、店の前には連日、長蛇の列ができるようになりました。ある日には、通常の2倍以上となる来客数を記録し、一部の商品は開店後から数時間で売り切れる事態に。スタッフによれば、パンの仕込みをこれまでの倍に増やしても足りない日が続いているといいます。
特に人気なのが、ドラマに登場した「小倉あんパン」や「クリームパン」。どこか懐かしく、手作りの温もりが感じられる味わいが評判です。「形が不揃いでも、それがまたいい」と話す客も多く、量産品では味わえない“手作りのぬくもり”に価値を感じる人が増えているようです。
■ 店主が語る「職人としての誇り」そして「ものづくりの真髄」
こうしたブームの中心にいるのが、「まるよしベーカリー」の店主・山田さん(仮名)です。長年、パン作りを続ける山田さんは、「まさか自分たちがドラマの参考になるとは思わなかった」と笑顔を見せます。
「昔ながらの製法で、今日届けるパンに心を込めること。それしかやってこなかった」と話すその謙虚さの裏には、職人としての誇りがあります。溶いた生地に向き合う目は真剣そのもので、「機械では出せない風味、手でこねるからこそ生まれる食感がある」と語ります。
「流行がどうであれ、パンは毎日作ってこそ意味がある」と話す山田さんの言葉に、多くの人が共感するのは、そこに真の“ものづくり”の姿勢があるからでしょう。テレビを通してそれが全国に伝わったことが、今回の朝ドラ人気とパン屋の繁盛に直結しているのです。
■ 視聴者が求めていたのは「リアル」と「やさしさ」
近年のドラマや映像作品は、CGやエンタメ性の高い演出に注目されがちですが、『虎に翼』のように、日常の中にあるリアルを映し出す作品も根強い人気を博しています。
特にコロナ禍を経た今、視聴者は「あたたかさ」「リアルな日常」「自分たちの生活に近い物語」を求めている傾向が強くなっています。朝ドラが描く「食卓に笑顔を添えるパンの温もり」「黙々と作業に励む職人の背中」などは、まさに今多くの人たちが心から感じたいと願うテーマそのものです。
また、家族で食べる朝ごはんや、お土産としてのパンの存在など、食を通じて人と人がつながる様子は、視聴者にとってかけがえのない日常の一コマを再認識させてくれます。ドラマを通じて忘れかけていた「小さな幸せ」が思い出され、それが実際のパン屋という場所に人々を向かわせる原動力となっているようです。
■ 今後の課題と展望――継続的な地域活性化へ
一時的なブームではなく、このような形で注目されたパン屋や地域が持続的な繁栄につなげていけるかどうかは、今後の大きな課題でもあります。観光客の増加はうれしい反面、製造体制や接客面でも限界が訪れることは避けられません。
「これ以上は一日に作りきれない」「常連さんに迷惑をかけたくない」という悩みも、人気の裏側にはあるようです。しかし、山田さんたちは「うちは大きくするつもりはない。ただ、この味を守り続けたい」と語っています。
今後は、地元の商店街との協力や、地域の観光資源としてのブランディングを進める動きも期待されています。朝ドラをきっかけに再注目された地域資源。これを一時的な盛り上がりに終わらせず、持続的な地域活性化へとつなげることが大切です。
■ 終わりに
パンという素朴な日常食が、ドラマを通して全国の関心を集めた今回の事例。そこには、職人の真摯な姿勢、そして食を通じて人々がつながる温かい物語がありました。
現代社会では、効率やスピードが重視される場面も多いですが、こうして「手間暇をかけることの大切さ」「心を込めて作ることの価値」が見直される流れは、多くの人にとって励ましになるはずです。
朝ドラ『虎に翼』が照らしたのは、パンの美味しさだけではなく、人の温もりでした。こうした作品が生まれ続ける限り、そしてそれを支える「まるよしベーカリー」のような場所が存在し続ける限り、私たちの食卓と心は、いつまでも豊かさに満ちていくでしょう。