日本の水産業に逆風が続く —— 中国向け水産物輸出「除外」の県からの嘆き
2023年8月、東京電力福島第一原子力発電所からの処理水(いわゆるALPS処理水)の放出が開始されました。日本政府は国際基準に則り、安全面を強調した上での放出を決断しましたが、これに対する反応は国内外で分かれました。とりわけ、中国は即座に日本産水産物の全面的な輸入停止措置を講じ、その影響が今も各地の漁業関係者を苦しめています。
中でも、輸出再開の兆しがある中、中国からの輸入“部分再開”の対象に含まれなかった県や地域においては、安堵の声どころか深い落胆と不信感が広がっています。今回の記事では、そうした「除外」された県の現状と思い、日本の水産業に求められる今後の対応について考えてみたいと思います。
「安全」でも、貿易は再開されない現実
中国は、2023年8月24日に実施されたALPS処理水の放出開始直後、日本全域からの水産物輸入を全面停止しました。この対応は、主に安全性への懸念というよりも政治的な働きかけと見る向きもありました。その後、日本の各種団体や政府関係者の粘り強い交渉や説明活動により、中国側との対話が再開され、一部地域からの水産物輸出を再開する動きが見え始めています。
しかし、この「再開」は全国一律ではなく、対象となるのはごく一部の県に限定されており、それが「対象外」となった県の漁業関係者の失望感を強くしています。とくに北海道、新潟、宮城県などは水産資源が豊富で、かつ海外市場への依存度も高かった地域です。彼らの声を聞くと、「なぜうちの県だけ除外されたのか」「科学的な安全性は示しているのに」「説明もなく再開の対象外とされ、やるせない」といったものが多く、地域経済や漁家の生活への影響は極めて深刻です。
地方の声──「なぜ私たちだけが?」
北海道ではホタテをはじめとする貝類の養殖が盛んで、特に中国市場は最大の輸出先でした。輸入停止以降、中国向けの売上がゼロになった企業も少なくなく、数億円単位の損失が発生しています。北海道漁業協同組合連合会の関係者も、「安全性を科学的に証明しても、それが現実の輸出再開に結びつかない」と危機感を示しています。
同様に、新潟県や宮城県では、日本海での漁獲物やカキなどが中国市場で高い評価を得てきましたが、輸出先を失って販売単価が大幅に下落。現地では冷凍保存の限界に挑戦しながら、なんとか在庫をさばこうと懸命に努力しています。
「かつては1キロ数千円で売れていたものが、今では数百円。赤字どころか見通しすら立たない」という漁業者の声が、新たな市場を求めて模索し続けるこの現状の苦しさを物語っています。
国家間の交渉に翻弄される一次産業
水産物の輸出は、ただの物の取引ではありません。漁業者や加工業者、その周辺の輸送業、地元の飲食店など、多くの生活や地域コミュニティが密接に関わっています。そうした人々が、「自分たちの生計が政治的な駆け引きに翻弄されている」と感じるのは、ごく自然な感情でしょう。
もちろん、中国側にも独自の政策決定の根拠はあり、それを尊重すべき側面もあります。しかし、科学的な分析や国際原子力機関(IAEA)による評価を無視するかたちで、地域単位で一方的に輸入を制限する方策は、商業的・倫理的に再考されるべきではないでしょうか。
漁業者にとって、「安全は証明されている」「法律にのっとって行動している」「これ以上、何を証明すればよいのか」という焦燥感は、補助金や支援策では埋めきれない根本的な問題です。
国内消費への転換と、未来への模索
政府は輸出先の多角化とともに、国内での消費拡大を促進する施策を打ち出しています。例えば、学校給食や公共施設での水産物活用、キャンペーンによる消費喚起などが進められています。また、一部では東南アジアや中東など、新たな海外マーケットに販路を求める動きも出てきました。
しかし、輸出産業として長年培われてきた流通経路やニーズを考えると、これらの対策が即効性を持つものとは言い難い側面もあります。また、国内消費には限界がありますので、やはり大きな市場である中国との関係回復は、多くの漁業者にとって依然として最優先課題であることに変わりはありません。
現在、民間レベルでも対話を模索する動きが出てきており、政府や業界団体と協力しながら継続した交渉が続けられています。将来的には、科学的根拠に基づいた、より理性的な貿易体制が構築されることを望む声は多くあります。
希望を失わず、地域と共に歩む
今回、「除外」された県の人々が苦しい立場に置かれていることは間違いありません。しかし、彼らは決して希望を捨ててはいません。新たな市場を求め、国内向けのプロモーションを強化し、さらには地元住民との連携を深めることで、なんとか厳しい現実を乗り越えようとしている姿勢は、日本人の粘り強さを感じさせます。
私たち消費者にできることもあります。地元スーパーで地魚を選ぶ、イベントやフェアで国産水産物を購入する、SNSで情報を共有する——そんな一つひとつの行動が、漁業者たちの力になります。言葉だけでなく、行動で応援することが求められる今だからこそ、ひとりひとりの意識の変化が大きな流れを生み出す種になるのです。
これからも、日本の豊かな海とその恵みを守り続けるために、私たち全員が当事者であるという認識が何よりも大切です。