近年、先端技術分野の発展とともに、その基盤となる資源への関心が世界的に高まっています。その中でも特に注目されているのが「レアアース(希土類)」と呼ばれる資源です。スマートフォンや電気自動車(EV)、風力発電、さらには防衛関連の装備品にまで幅広く使用されているレアアースは、デジタル社会やグリーン・トランスフォーメーションに不可欠な素材です。
2024年4月17日、日米両政府の間で重要な協議が行われました。日本政府が、米国に対してレアアースの製錬分野での協力を提案する方向で調整していることが明らかになりました。現在、世界では中国がレアアースの生産および製錬分野で高いシェアを握っており、供給の偏在とそれに伴うリスクが懸念されています。そうした背景の中、日本と米国という先進国同士が、供給網(サプライチェーン)の安定化と強化を目指して協力体制を築こうとしているのです。
では、なぜレアアースの製錬がそれほどまでに重要視されているのでしょうか?そして、日本と米国の思惑とは何でしょうか?
レアアースとは何か?
レアアースとは、周期表の中の希土類と呼ばれる17種の元素の総称です。代表的なものには、ネオジム、ディスプロシウム、ランタンなどがあります。これらの元素は、永久磁石、蛍光体、触媒、合金材料など多岐にわたる用途があります。例えば、ネオジムは強力な磁石を生み出すため、EVモーターや風力発電用タービンに使われます。
ただし、レアアースは地球上にまんべんなく存在しているわけではなく、生産は特定の国に偏っています。中でも中国は資源の埋蔵、採掘、製錬、さらには製品化までの工程をほぼ自国内で完結させるシステムを構築しており、世界市場の約6割以上を支配しています。このような状況は、一部の地政学的リスクが供給全体に波及する可能性を常に孕んでおり、多くの国がレアアースの「脱・中国依存」を模索しています。
中間工程としての製錬の重要性
採掘されたレアアース鉱石をそのまま使えるわけではなく、精錬・分離といった工程を経て初めて工業用途に適した形になります。これが「製錬」工程であり、技術的にもコスト的にも難易度が高いとされています。特に複数のレアアースが混在して採れるため、分離技術の精度が求められます。
現在、この製錬工程において中国が高い技術とインフラを持っており、他国はなかなかそれに追いつくことができていません。しかし、もし各国が独自に製錬技術を確立すれば、中国依存を分散できる余地が生まれ、供給の柔軟性も向上します。そうした背景から、日本政府は米国に対し、安全保障と経済の観点から製錬分野での連携強化を提案する方向で調整を進めているのです。
日米の連携の意義
日本は、資源の採掘には向かない地理的条件にある一方で、製造業としては世界トップクラスの技術を誇っています。また、過去にはレアアース輸入が政治的理由で制限された経験もあり、その都度代替素材の開発やリサイクル技術の研究に取り組んできました。こうした経験は、供給が途切れた際のリスクマネジメントに活かされています。
一方、米国は現在、同国の企業が一部レアアース鉱山(例:カリフォルニア州のマウンテン・パス鉱山)を運営しており、採掘は可能ですが、製錬技術が中国に比べて脆弱であると評価されています。日本との協力が実現すれば、米国の採掘力と日本の製錬技術を融合させた持続可能なサプライチェーンの構築が視野に入ります。また、両国が協力して第三国(例:中国以外のレアアース生産国)との関係強化を図れば、国際的な供給網を強化することにも繋がります。
国内企業と国際戦略の連動
今回の政府の提案には、国内企業の技術が活かされる可能性も大いにあります。たとえば、住友金属鉱山、東洋金属、日立金属などの企業は、高度な材料技術と製錬設備を保有しており、過去にも海外資源プロジェクトとの連携経験を有しています。そうした企業が政府の掲げる戦略と軌を一にして進むことで、新たなビジネス機会を掴むだけでなく、日本の産業競争力の底上げにも貢献することが期待されています。
さらに、再生可能エネルギーやEVの普及が今後も世界的に広がる中で、高性能な磁石材料や電池用素材の需要は飛躍的に増加すると予測されています。日本企業が製錬分野で国際的なポジションを確立すれば、新たなグローバル市場へのアクセスを得ることが可能になります。
持続可能性と環境配慮の課題
レアアースの製錬には酸や有害物質の使用が伴い、環境への影響が懸念される面もあります。そのため、日本の製錬技術は環境への配慮という面でも世界的に注目されています。クリーンな技術を用いた製錬は、国際的な環境基準や規制に適応するのみならず、企業イメージや国の信頼性向上にも直結します。
また、日本国内でも近年は、都市鉱山(使い終わった電子機器などに含まれる資源)の有効活用が進められており、資源循環型の経済構築に向けた動きが加速しています。米国とのレアアース製錬協力が具体化すれば、こうした国内資源循環技術との融合も期待できます。
今後の展望と私たちへの影響
今回の提案は、まだ調整段階にあるため具体的な形となるまでには時間がかかる可能性もありますが、国際社会における資源の安定供給、技術革新、さらに経済安全保障の文脈において大きな一歩となるでしょう。
私たち消費者の日常の中では、レアアースという言葉はあまり馴染みのないかもしれません。しかし、スマートフォン、テレビ、自動車、電化製品など、あらゆる製品においてレアアースは“見えない存在”として活躍しています。これらの製品を安心して使い続けるためにも、国際的な資源供給網の安定化は極めて重要な要素です。
今後、日本と米国の間でどのような枠組みが形成され、どのように具体化していくのか、引き続き注目すべきテーマのひとつでしょう。資源の安定確保と環境配慮を両立させながら、持続可能な社会への一歩を皆で共有できることが、よりよい未来への礎となります。