【100畳敷「大だこ」、待望の再開へ 〜事故から15年、安全対策を経た伝統の復活〜】
日本には、地域ごとにさまざまな伝統文化や行事が受け継がれています。それらは、地元の人々が長年にわたって守り続けてきた誇りであり、また地域の絆を深める大切な機会でもあります。その一つが、「大だこ揚げ」という壮大で勇壮な催しです。
埼玉県春日部市で毎年行われていた、100畳にも及ぶ巨大な「大だこ」を揚げる伝統行事が、2024年に再開されることになりました。15年前に発生した痛ましい事故と、それに続く中断を経て、地域の関係者や行政の努力によって、ついに復活の時を迎えようとしています。
■100畳大の巨大なこいのぼり「大だこ」とは?
春日部市の庄和地域では、江戸時代から続くとされる「大だこ揚げ祭り」が知られています。会場となる庄和大凧会館の周辺では、毎年5月に「庄和大凧(だいだこ)まつり」が盛大に開催され、地域に暮らす住民だけでなく、多くの観光客も訪れる一大イベントです。
この祭りにおいて最大の見せ場が、縦15m・横11m、まさに100畳に相当する大きさの「大だこ」を空高く揚げる瞬間です。数百人の市民ボランティアが綱を引いて一斉に走りだし、風を受けて舞い上がるその圧巻の光景は、まさに壮観。参加する人々にも、見る人にも、強く心に残る体験となります。
■事故の記憶:2009年、大だこ落下による死傷事故
しかし、2009年の開催時に、悲しい事故が発生しました。祭りの目玉である大だこが、想定外の強風などにより制御できず落下。その直下にいた観客が巻き込まれ、1名の死亡と計7人が重軽傷を負う大惨事となったのです。
この事故は大きく報道され、安全性への懸念が高まりました。主催団体や市は協議の上、安全確保の観点から翌年以降の大だこ揚げを中止。その後、15年間にわたり、この伝統行事の中でも最大の見せ場である大だこは空を舞うことがなくなりました。
■伝統と安全のはざまで揺れた15年間
長い休止期間の間、市民や愛好家の間では大だこの復活を願う声も多くありました。一方で、再開に向けては二度と悲劇を繰り返さないための準備が欠かせませんでした。
実際、春日部市と主催団体である庄和大凧保存会は、安全面での徹底した見直しに長い時間を費やしました。新たに専門家を招いて再発防止策を検討し、綱の強度検査、揚揚道具の点検、気象条件の厳格な基準設定、さらには見学者の立入エリアの明確化など、さまざまな対策が講じられました。
また、市民参加型の訓練も行われ、実際のだこ揚げに参加する人々への安全講習も強化。事前に練習日を設け、関係者一人一人が役割を再認識する仕組みが整いました。
■復活への想い:多くの人の支えがもたらした「再開」
事故から15年を経た2024年、ついに庄和大凧まつりにおいて100畳敷の大だこが再び空を舞うことになりました。この再開は決して一つの団体や行政の努力だけで実現したものではありません。
事故当時の記憶を忘れることなく、しかし伝統を絶やさないという強い信念のもと、地元住民、保存会員、有志の市民、そして安全専門家の協力が少しずつ花開いていった結果です。
再開が決まったというニュースには、地元をはじめとして各地から「待ってました」「再び見ることができるなんて感動」といった喜びの声が多数寄せられています。SNS上でも「地元の誇りが戻ってくる」「子どもたちに伝えたい」といった声が広がり、改めて大だこ祭りの地域における存在感の大きさを実感させられます。
■事故の教訓を次世代へ:「安全と伝統の両立」を目指して
伝統とは過去のものを繰り返すだけでなく、その時代に即した形で受け継ぐことに意義があると言われます。100畳敷の大だこの復活は、単なる催しの再開にとどまらず、地域の文化継承と安全な地域社会づくりの象徴とも言えます。
事故という悲劇から学んだことを、どう未来へとつなげていくか。「伝統を守る」だけではなく、「安全に続ける」こともまた、受け継ぐべき大切な使命です。今後は毎年、この祭りに関わる人たち一人ひとりが、その重みを胸に刻みながら、祭りの新たな歴史を築いていくことでしょう。
■未来へ飛ぶ大だこ、次なる夢を運んで
再び天へと舞い上がる予定の大だこ。その布地に描かれるのは、毎年地元の子どもたちがデザインする縁起のよい絵柄です。今年のテーマは「希望」だそうです。事故という過去の痛み、そこからの復興、そして安全を期しての再スタート――それを象徴するにふさわしいモチーフではないでしょうか。
私たちが次代に残すべきものは多くありますが、こうした「希望」を描きながら「安全に続ける伝統」もまた、地域にとってかけがえのない財産となっていくことでしょう。
2024年5月、空高く舞い上がるその巨大なたこには、15年分のさまざまな想いや願いが込められています。羽ばたくその姿を見上げながら、多くの人が笑顔で空を仰ぎ見る――それこそが、真の意味での「復活」と言えるのではないでしょうか。
庄和の風に乗って舞い上がる大だこ。その物語は、新たな1ページを迎えます。