近年、育児や家庭をめぐる制度に関して、社会的な議論が活発になっています。その中でも注目を集めているのが「共同親権」に関する法改正です。日本では、現在、離婚後の親権はどちらか一方の親が持つことが原則となっていますが、来年には、原則として両親が離婚後も子どもに対して「共同親権」を持つ制度が導入される見込みです。
この新たな制度に対して、「離婚後も父母が協力して子育てを行うことができる」「子どもにとって両親と関係を保つことができる」という肯定的な意見がある一方で、懸念の声も少なくありません。特に、過去に配偶者からドメスティックバイオレンス(DV)や虐待を受けた経験がある人たちにとって、共同親権制度は大きな不安要素と捉えられています。
今回は、共同親権制度の概要と、それに伴う課題や懸念に焦点をあて、多くの親たちが抱える思いや立場を丁寧に紹介しながら、共に考える機会としたいと思います。
共同親権とは?
現在の日本では、離婚が成立すると、夫婦のどちらか一方に親権が与えられる「単独親権制度」が採用されています。そのため、離婚後には、一方の親が法律上の権限を失い、子どもの進学や医療、財産管理といった面で関与できなくなるケースが一般的です。
しかし、国際的には長らく共同親権が標準となっており、日本も国連の「子どもの権利条約」に加わっている関係から、子どもが両親と継続的に関係を持てる環境が望ましいとされてきました。また、多くの国では離婚後も親の責任と義務は続くべきとされており、日本における制度変更の必要性が議論されてきました。
法務省の法制審議会では、こうした国際的潮流や社会の変化を踏まえ、離婚後も「父母の合意があれば」共同親権を選択できる制度の導入を検討。そして、共同親権に関する民法改正案が2024年5月に国会で可決され、2026年ごろの施行が見込まれています。
制度の目的と期待
共同親権制度の目的は、主に次の3点です。
1. 離婚しても、両親が子どもの福祉に共に責任を持つことを可能にする
2. 子どもが父母両方との関係を維持することを保証する
3. 離婚によっても養育に関する紛争を最小限に抑える
こうした目的により、「子どもの最善の利益」が守られるという考え方に基づいた制度とされています。実際、「父として子どもの成長に関わり続けたい」「母としても元夫と協力しながら育児したい」と考える家庭も多く、制度改革に期待を寄せる声も聞かれます。
反面──DV被害者の不安
とはいえ、すべての家庭にとって共同親権が好ましいとは言えない現実もあります。実際に、過去に配偶者から暴力やモラルハラスメントなどの被害を受けたことがある人々にとっては、離婚後も相手との関わりが続くという点で、大きな不安が残ります。
NHKの報道によれば、東京に住むある女性(仮名・40代)は、夫から日常的に暴力を受け、長年耐え続けた末に2年前に離婚。しかし、新制度が施行された後に元夫から「共同親権を主張する」との連絡を受けたといいます。
彼女は「また生活に介入され、子どもの人生さえ支配されかねない」と、恐怖を感じていると話しています。
このように、DVや虐待の加害者が、法的に「親権者」であり続けることが、被害者や子どもにとって安全でない環境をもたらす危険性も指摘されています。また、子ども自身が被害の当事者である場合、加害者との接触そのものが精神的な傷となることもあります。
政府の対応と今後の課題
法改正においては、こうした懸念にも応える形で、一部のケースでは裁判所が単独親権とする判断を下せるよう検討されています。また、DVや虐待などが存在する場合には、親権を付与しない、または制限することが明記される予定です。
ただし、これらの措置が実効的に機能するかどうか、実際に被害者の安全がどこまで守られるかについて、専門家の間では慎重な見方もみられます。そのため、今後はこの制度が運用される上でのガイドラインやチェック体制の整備、家庭裁判所の判断の透明性、そして相談体制の充実が課題とされます。
DV被害者支援団体の中には、「制度だけが先行して、被害者保護の実態が追いつかなければ危険」という声も上がっており、制度の実施前にも継続的な議論と改善が求められるでしょう。
私たちにできること
この共同親権制度の導入は、子育てや家族のあり方と密接にかかわる非常にデリケートな問題です。制度そのものには前向きな側面がある一方で、現実的な困難やリスクがあることも忘れてはなりません。
制度の導入によって、すべての親子が幸せになるわけではありません。むしろ、個々の家族の状況や背景に応じて柔軟に対応できる設計が求められています。
共に制度を見直し、声を聞き合いながら、すべての親と子どもが安心して暮らせる社会をつくっていく必要があります。私たち一人ひとりが、この問題に関心を持ち、理解を深め、必要があれば話し合い、助け合っていくことが重要です。
また、制度の動向を見守るだけでなく、「DV被害を受けている人が安心して相談できる環境づくり」や「家庭内での問題を早期に発見し、対処できる社会資源の充実」も常に考えていかなければなりません。
おわりに
共同親権制度は、これからの日本の家族のあり方を大きく変える可能性を秘めた取り組みです。理想と現実の狭間にある複雑な課題を一つ一つ丁寧に解決していくことが、制度の成功には欠かせません。
制度そのものを否定するのではなく、より良い形で実現するにはどうしたらよいか。誰一人取り残さない仕組みにするために、私たちができることは何か。これからの議論と社会の姿勢が問われています。
親子の絆が健全で安心できるものとなるよう、そしてすべての子どもが愛情と安全の中で育つことができるよう、慎重かつ丁寧な制度運用が望まれます。社会全体で支え合える環境こそが、親にとっても子にとっても最も大きな力になるのではないでしょうか。