2024年5月、大阪弁護士会は、依頼者との信頼関係を著しく損なう行為を行ったとして、男性弁護士を除名処分にしたことを公表しました。この弁護士は、示談金およそ1300万円を依頼者に渡さなかったとされており、本件は多くのメディアで大きく報道されました。依頼者のために正義を追求し、法の番人ともいえる存在である弁護士が、守るべき信頼を裏切ったとされるこの事件は、法曹界だけでなく、社会全体に大きな衝撃を与えています。
本記事では、この事件の概要を整理するとともに、私たち市民が他人事とは捉えずに、依頼者と法律専門職との信頼関係について再認識すべきポイントを考察してみたいと思います。
示談金の横領:1300万円が依頼者に渡らず
大阪弁護士会が発表した懲戒処分によると、除名処分を受けたのは大阪市内で法律事務所を開業していた50代の男性弁護士です。この弁護士は、交通事故の損害賠償請求をめぐる案件で、加害者側の保険会社から依頼者への示談金として支払われた約1300万円を、依頼者に手渡さずに着服したとされています。
通常、交通事故の被害者は、適切な損害賠償を受けるため弁護士に依頼し、交渉などを委任します。その際、示談が成立すると、保険会社から支払われた示談金は、一旦弁護士名義の預かり口座などに振り込まれることもあります。そして、そこから報酬や費用を差し引いた残りが依頼者に支払われるのが一般的です。
今回のケースでは、保険会社が弁護士の口座に送金した示談金が、そのまま依頼者に渡されることなく、弁護士が私的に流用した可能性があるとのこと。結果、この行為が「弁護士としての信用と品位を著しく損なう」として、最も重い処分の一つである除名に至ったというわけです。
処分の重さと弁護士倫理
弁護士に対する懲戒処分は、警告や戒告、業務停止などいくつかの段階がありますが、除名は事実上、「弁護士資格の剥奪」を意味します。それだけに処分が下される対象の行為は、極めて重大と判断された場合に限られます。
今回の処分を決定した大阪弁護士会の説明によれば、「依頼者への損害は極めて深刻であり、回復が図られておらず、弁護士としての信用を失わせる行為である」としています。特に、依頼者から託された信頼を背景に、獲得した金銭を違法に管理したことは、倫理規定違反に留まらず、刑事的責任さえ問われる可能性があります。
また、報道によると、この弁護士は懲戒請求開始後、弁明の機会である聴聞手続きを欠席しており、非協力的な姿勢が処分決定にも影響したとされています。ここから、誠意ある対応がされていなかった点も、信頼回復がなされなかった一因と考えられます。
被害者にとっての二重の苦しみ
交通事故の被害者は、身体的・精神的に大きな苦痛を被ることが多く、その後の生活にも深い影響を及ぼします。そのうえに、賠償申請などの煩雑な手続きの過程で不安を抱えることもあり、信頼のおける弁護士に依頼することで、安心感や正当な賠償獲得への希望を見いだそうとすることが一般的です。
しかし、今回のように相談した弁護士が、依頼者の利益を損ねる行為をした場合、被害者は新たな「被害」を受けることになります。本来であれば手元に入るはずの示談金を失っただけでなく、精神的な喪失感や裏切られたという心理的ダメージも計り知れません。依頼者にとって、法の力により救われるはずだった経路が閉ざされたことになります。
さらに、法律の専門家を信頼するという行為そのものへの不安が生まれてしまうことも社会的影響として見逃せません。このようなケースが報じられることは、他の善良な弁護士にとっても風評被害となり得ます。そして、依頼者側が弁護士への相談や依頼に慎重になりすぎるという社会的萎縮効果を生む可能性があるのです。
私たち依頼者が気をつけるべきポイント
このような不祥事を受けて、一般の依頼者がどのように自らを守るべきか、いくつかのポイントを挙げておきたいと思います。
1. 信頼できる弁護士かを確認する
依頼前に弁護士の過去の処分歴を確認することが可能です。日本弁護士連合会や各地の弁護士会では、公開されている情報もあります。また、評判や過去の実績、所属事務所の信頼性なども参考になるでしょう。
2. お金のやりとりは書面で残す
報酬や委任契約については、必ず書面を作成し、両者で保管しておくことが大切です。また、金銭が振り込まれた際にも、その内訳を明確にしてもらい、残額がいくらであるかなどを把握しておくことが重要です。
3. 定期的な進捗報告を求める
案件の進み具合や支払われる金額の状況などについて、定期的に報告してもらうよう求めましょう。依頼者側からも積極的に質問し、情報が不透明にならないよう心がけることが、自分の利益を守るポイントになります。
4. トラブルの際は弁護士会に相談を
万が一、不明瞭な処理や金銭の不透明な流れを感じたら、不安を抱え込まずに早めに所属弁護士会に相談することが大切です。多くの弁護士会では、無料で相談を受け付けていますし、適切な指導を受けることができます。
法律専門職と市民社会の関係を再構築するために
法律とは、本来、社会全体の秩序を保ち、個人の権利を守るための仕組みです。そして、それを操る弁護士は、その中でも市民の立場に立って法律を活用する中継役といえる存在です。
だからこそ、弁護士と依頼者の関係は、透明性と信頼に裏打ちされていなければならず、一度損なわれた信頼を取り戻すのは容易ではありません。今回のような事件が一件でも起これば、健全な法制度そのものに対する市民の不信を助長しかねないのです。
日本国内には、誠実に職務を全うする弁護士が多数います。一件の不祥事で法曹界全体への信頼が揺らがないよう、本件が反面教師となり、制度面・倫理面の両側面で改善が継続されることが強く望まれます。
まとめ
大阪弁護士会による除名処分という厳しい判断が下された本件は、弁護士の職業倫理の重要性を改めて浮き彫りにしました。依頼者の利益を第一に考えるという弁護士業務の大原則が揺らいだとき、その代償は依頼者個人だけでなく、社会全体にまで及ぶ可能性があります。
信頼社会の礎でもある法律機関への信頼を守るため、私たち一人一人が法律専門職との関係性を見直し、より安全で安心できる利用の仕方を心がけることが大切です。そして、法曹界の自浄作用がより機能し、多くの弁護士が誠実な職務を全うできる環境作りが進むことを期待しましょう。