2024年6月、農林中央金庫(農林中金)が2024年3月期の決算を発表し、最終赤字が史上最大となる8126億円に達したことが明らかになりました。国内の金融機関においては異例の規模の赤字であり、その要因として挙げられているのが、海外債券を中心とした運用の損失です。この記事では、この赤字がもたらされた背景や、農林中金の役割、今後の見通しについてご紹介していきます。
農林中金とは何か?
まずは農林中央金庫とはどのような機関かを簡単に抑えておきましょう。農林中金は、正式には「農林中央金庫」といい、全国の農協(JA)、漁協(JF)、森林組合の金融部門を統括する中央金融機関です。その設立は1923年と歴史が古く、農林水産業者のための資金の融通や、JAバンクの資金運用などを主な業務としています。
日本の農村地域や地方経済を支える重要な金融インフラの一部でありながら、その資金規模や多角的な投資活動から、国際社会でも存在感のある金融機関でもあります。そんな農林中金が過去最大の赤字を出したという発表は、ただの民間企業の業績悪化以上の意味を持ち、日本経済全体への波及効果も懸念されるところです。
赤字の主因は海外債券の評価損
今回の大幅な赤字を生んだ最大の要因は、保有する米国債などの海外債券の評価損です。評価損とは、保有している証券などが購入時よりも価格が下がり、時価評価によって損失が発生することを指します。実際に売却していなくても、時価で再評価することで帳簿上の損失として計上されるもので、現在の資産評価に透明性を持たせるために行われています。
農林中金は、長年にわたり低金利環境を背景に、安定的な収益を得られるとして海外の国債や社債などに多額の資金を投資してきました。その中でも特に米国債の保有割合が高く、米国の政策金利が急速に引き上げられたことで、債券価格が急落。その結果、多額の評価損を抱えることとなりました。
アメリカの利上げ影響と流動性リスク
米連邦準備制度理事会(FRB)は、2022年以降、物価上昇(インフレーション)に対応するために政策金利を急速に引き上げてきました。この利上げの局面は、金融機関の債券保有に対して大きな影響を及ぼします。というのも、金利が上がると、既存の低金利の債券は相対的に魅力が低くなり、その価格が下落するからです。
農林中金は、収益性を求めてかなりの資金を米国債などの外債に投資していたこともあり、この影響を大きく受けました。特に、長期債を多く保有していた場合、金利上昇による価格下落の影響はより大きくなります。巻き戻すのも容易ではないため、大きな含み損が発生し、今回の巨額赤字につながったというわけです。
今後の対応策と「資産圧縮」
農林中金は今回の決算において、今後3年間で保有資産のうち8兆円規模を圧縮するという方針を示しました。これにより、債券価格変動リスクを抑え、保有資産の健全性を高める目的があります。また、資本増強策として、全国のJAなどから最大1兆2000億円程度の出資を募る計画も公表されました。
ただし、このような「資産の圧縮」や「外部からの出資」には課題もつきまといます。一つは、資産売却によってさらに評価損が拡大する可能性があること。もう一つは、出資元であるJAグループなどに財務的な負担がかかるという点です。これらに対してどう慎重に対応していくのかが、今後の焦点となるでしょう。
農林中金の収益構造の変化と持続可能性
この赤字発生を機に、農林中金の収益構造の見直しや、より保守的な資産運用への転換が求められるとも言われています。現在は、市場運用益に大きく依存する経営モデルとなっており、為替や金利の変動に対して脆弱な一面があります。こうした収益モデルをどのように再設計し、持続可能性のあるものにしていくかが問われています。
たとえば、今後は国内経済への投資や、地域密着型の金融サービスへの回帰がひとつの選択肢として浮上する可能性もあります。農林中金の本来の存在意義である「農林水産業の発展への貢献」に立ち返ることが、結果として組織全体の信頼回復にもつながるでしょう。
金融機関としての信頼とガバナンス
金融機関は、ただお金を運用するだけでなく、投資先の選定やリスクの管理において高いレベルのガバナンスと透明性が求められます。今回のように、大規模な評価損が生じた背景には、リスク管理のあり方や、金利上昇を見通す姿勢、ポートフォリオの分散性など、多くの検討課題が潜んでいた可能性があります。
農林中金は改めてその経営体質を見直し、ガバナンスの強化、内部統制の強化を進める必要があります。これは一部の投資判断の失敗という問題にとどまらず、組織としての持続的な成長と、社会的信用を維持するうえでも重要な施策です。
利用者や地域社会への影響を最小限に
農林中金は単に自己の利益を追求する一般企業とは異なり、その会員である全国の農協や漁協といった地域団体を支える“金融の屋台骨”的な役割を担っています。それだけに、今回の損失が地域金融や農業経済に悪影響を及ぼすことがないよう、慎重な対応が求められます。
現時点で、農協などが行う金融サービスや融資業務への直接的な影響は限定されているとされていますが、資本増強のための出資要請などが各団体の財務に波及することも否定できません。そういった中で、いかに「現場への影響を最小限に抑えるか」が、農林中金の再建における肝となっていくでしょう。
おわりに:信頼回復と再出発に向けて
日本の農業・漁業・林業といった一次産業を金融面から支える農林中金にとって、今回の大幅な赤字は大きな痛手であると同時に、将来への教訓ともなり得る重要な出来事です。世界的な経済の不確実性が高まる中、金融機関にとっては一層のリスク管理の高度化が必要となっています。
この赤字発表が意味するのは、単なる損益の問題ではなく、多くの利用者や地域社会にとっての「信頼の源泉」としての金融機関のあり方を問うものでもあります。農林中金が真摯に問題と向き合い、透明性ある情報開示と再建策をもって信頼を回復し、再び安定的な金融機関として歩みを進める姿を、私たちも見守っていきたいものです。