Uncategorized

そっと寄り添う命――心を救う心療介助犬の力

「精神障害に寄り添う 心療介助犬」

現代社会において、心の病と向き合う人々は決して少なくありません。うつ病や不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えながら、日々の生活を維持していくことは、時に並大抵の努力では乗り越えられないほどの困難を伴います。そんな中、人の心に静かに寄り添い、支えになる存在として注目を集めているのが「心療介助犬」です。

この記事では、心のケアを必要とする人に対し、無条件の愛情と信頼で支える「心療介助犬」の取り組みについてご紹介します。

心療介助犬とは

「介助犬」と聞くと、多くの方は肢体障害者の方をサポートする犬を思い浮かべるかもしれません。階段の昇り降りや物を拾うといった身体的な介助の役割が一般的です。しかし、心療介助犬は、そうした身体的なサポートではなく、精神的・情緒的な支援を主としています。心に不調を抱える人がパニック状態になったとき、そっと寄り添ったり、落ち着きを取り戻すきっかけとなる行動をとってくれる存在—それが心療介助犬です。

心療介助犬を育てる取り組み

日本でこの心療介助犬の育成・訓練に取り組むのが、「日本心療介助犬育成協会」。この団体では、元保護犬や一般家庭で暮らしていた犬たちを対象に、人と深く結びつくことができる性格の犬を選抜し、訓練を行っています。訓練では、「傾聴」、「寄り添う」、「感情の波を察知する」など、人間にとっての精神的な支えになる行動様式を育みます。

犬たちが行動で示す「察する力」は、科学的証明が難しい中でも確かに存在しています。不安や緊張、精神的な不均衡など、目には見えない変化を感じ取り、それに応じた反応をすることで、利用者の安心感や自己肯定感を高める効果があると報告されています。

心療介助犬の実例—ある女性の物語

ある心療介助犬の実例として紹介されたのは、精神疾患を抱える40代の女性と、その女性を支える介助犬「ロビン」の関係です。女性は重度のうつ病と不安障害を患い、自宅から出ることさえ困難な毎日を過ごしていました。ある日、支援機関を通じて心療介助犬の存在を知り、ロビンとの生活をスタートさせます。

ロビンは女性が不安定な気分の時には静かに寄り添い、過呼吸やパニックが起きそうなときには体を軽く押し当て、症状の進行を和らげるような行動をします。その行動は訓練されたものでありながら、まるで本能的に相手を心配しているかのような温かみを持っており、女性の心に安心感を芽生えさせます。

ロビンとの暮らしを始めてから、女性の生活には少しずつ変化が現れました。外出する機会が増え、人との会話に前向きになるなど、症状の改善に向けた兆しが見えるようになったのです。医療と福祉を補完する「共生の力」—それが心療介助犬の真価と言えます。

求められる社会的認知と制度化

現在、日本では身体障害者補助犬法により、盲導犬や聴導犬、介助犬については一定の法制化が進んでいますが、心療介助犬はその枠組みに含まれておらず、まだ社会的認知や制度面での整備が不十分です。公共の場への同伴が制限される場合もあり、利用者は差別的な扱いを受けたり、不必要な説明を求められることもあるのが実情です。

これは心の病が「見えにくい障害」であるがゆえの社会的課題とも言えるでしょう。一見、普通に見えるために、その内面の苦しみが理解されにくく、それをサポートする心療介助犬についての知識不足や無理解に直面することがあります。

今後、心療介助犬とその利用者が安心して社会生活を送るためには、より広くこの存在を知ってもらい、法制度としても位置づけられていくことが重要です。

心を癒やす存在としての「いぬ」

犬は10万年以上もの間、人間と共に暮らしてきたパートナーです。番犬として活躍し、猟犬としても働き、そして今では家族の一員として心の拠り所となっています。最近では、動物介在療法(アニマルセラピー)が注目され、病院や老人ホームへの訪問活動も盛んに行われています。

心療介助犬はその延長線上にある、しかしさらに一歩踏み込んだ存在です。単なる慰めや気晴らしではなく、「自分が生きていてもいい」という感情、その人がその人らしく生きるための支えとなる存在なのです。

最後に

心療介助犬という存在は、まだ世間一般にはあまり知られていないかもしれません。しかし、心の病と日々闘っている方にとっては、それは紛れもなく「存在そのものが希望」となりえる大切なパートナーです。

今後、より多くの人に心療介助犬の存在と役割が知られ、制度的な整備が進むことを願わずにはいられません。そして何より、精神障害に苦しむ方々が、安心して支えを求められる温かい社会の実現に向けて、私たち一人ひとりができることから始めてみたいものです。

心が疲れたとき、誰かに寄り添ってほしいとき、そっと横に寄り添ってくれる存在がいる。目に見えない支援の形として、多くの人の心に届く支援が広がっていくことを私たちは願います。