働き方が多様化し、それに伴い退職のスタイルも従来の常識にとらわれない新しい選択肢が登場しています。その中でも近年注目されているのが「退職代行サービス」です。これは、本人に代わって業者が会社に退職意思を伝えるという仕組みで、直接上司と顔を合わせたり、引き留めにあったりすることなく会社を辞めることができるというものです。利用者の立場から見れば「精神的負担の軽減」や「スムーズな退職手続き」というメリットがある一方で、受け入れる企業側、特に人事担当者には複雑な思いがあるようです。
今回は、Yahoo!ニュースで取り上げられた「退職代行は『大迷惑』人事の本音」という記事をもとに、退職代行を取り巻く現状や課題、そして働き方の多様化について、改めて考察してみたいと思います。
退職代行に対する人事担当者の本音
記事によると、人材不足や業務量増加が深刻化するなか、突然の退職連絡、とりわけ退職代行を通じた一方的な通知に対し、「大迷惑だ」と感じる人事担当者が増えているといいます。理由は主に、以下の点にあります。
1.「相談なし」「引き継ぎも不十分」で業務に支障が出る
退職代行を利用するケースでは、本人から直接の連絡がなく、ある日突然、業者を通じて退職の意思が一方的に宣言されることが多くあります。その際、大きな問題となるのが「引き継ぎの不在」です。
社員の突然の退職は、他のメンバーへの業務のしわ寄せを生む原因となり、時には全体の生産性を大きく低下させてしまうこともあります。人事だけでなく当該部署の上司や同僚も戸惑いを感じ、業務計画の見直しを迫られる事態に陥ることも少なくありません。
2.対面の話し合いを避ける姿勢に疑問の声も
退職代行を利用する理由の多くは、「上司に退職を伝えるのが怖い」「引き留められそうで不安」といった心理的な壁に起因しています。確かに、退職を切り出すには勇気が必要であり、実際に強い引き留めや叱責を受けるケースがあるのも事実です。
しかしながら、「一社会人として責任ある姿勢を示してほしい」というのが、人事担当者の本音でもあります。仕事をする以上、その終了や交代には必ず他者との調整や思いやりが必要です。対話を避ける姿勢に対し、「一方的すぎる」「モラルの問題ではないか」と感じる担当者は少なくないようです。
退職代行を利用する理由と背景
とはいえ、退職代行サービスがこれほどまでに利用される背景には、やはり現代の職場環境に潜む根本的な問題があるとも考えられます。
1.精神的ストレスの多い職場
近年では、ハラスメントや過度な業務負担、長時間労働などによる精神的ストレスが原因で仕事を辞めたいと考える人が増え続けています。上司との信頼関係が築きにくい、職場に相談できる相手がいないなど、安心して退職を申し出られない環境が、退職代行の利用を後押ししている側面もあるのです。
2.若年層の価値観の変化
Z世代を中心に「仕事のために自分を犠牲にしない」という価値観が強まりつつあります。これまでのように「石の上にも三年」といった我慢を美徳とする考え方から、「自分にとっての最適な働き方を選ぶ」という姿勢への転換が見られます。こうした変化は、退職のあり方にも影響を与えています。
3.法的保護の拡充
雇用労働者の権利に関する意識の高まりや、専門家による法的支援も普及しています。退職代行サービスの中には、弁護士が直接関与する合法的な業者も存在し、「安心して辞められる手段」として人気を集める要因となっています。
企業と従業員のあり方を見直す時代に
退職代行の登場によって、企業側は従業員との「退職さえも話し合えない関係性」について目を向ける必要が出てきました。もし職場内において、風通しが良く、困ったときにはフラットに相談できる文化が根付いていれば、そもそも退職代行の利用は減るのではないでしょうか。
また、働き手側も、退職を伝える際には、できる限り誠意ある形を模索することが大切です。たとえば「直接話すのが難しい場合は、文書で丁寧に伝える」など、対話を完全に放棄するのではなく、相手への敬意を示す努力はできるはずです。
今後必要とされるのは「透明性と信頼性のある職場づくり」
退職代行サービスのニーズが今後も一定程度存在するであろうことは間違いありません。これは個々の事情や心理的負担を無視して、ただ「退職時は直接話すべき」と一方的に断じるのでは済まされない問題でもあるからです。
その上で、企業には以下のような取り組みが求められるのではないでしょうか。
1. キャリア相談や定期的な1on1ミーティングの導入
社員が気軽に今後のキャリアや悩みを相談できる制度があれば、深刻な問題が起きる前に対策が取れる可能性が高まります。
2. ハラスメント対策の徹底
退職代行を利用する理由の一つにも挙げられるのがハラスメント被害。社内での対策や相談体制の整備は必須です。
3. フレキシブルな労働環境づくり
本人の希望に合わせた働き方の選択肢を増やし、個人のライフスタイルに合わせた職場環境を提供することで、退職に至る前に社内で課題を解決できる可能性が生まれます。
まとめ：お互いを思いやる「退職」の文化を
退職とは、新たな一歩を踏み出すための重要な節目です。しかしそのプロセスで、会社や同僚に迷惑がかかることはできるだけ避けたいと思うのが、多くの人の本音でしょう。
一方で、退職の意思を伝えること自体が心理的に非常に高いハードルとなってしまっている現状もあり、退職代行のような手段が必要とされているというのも事実です。
大切なのは、「辞める人＝非常識」「引き止める企業＝悪」といった単純な対立構造で語るのではなく、互いの立場や感情を尊重しながら、よりよいコミュニケーションの手段を探ることではないでしょうか。
本記事が、働く人々と企業がより良好な関係性を築くきっかけとなれば幸いです。
